腑に落ちないキス

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 頬か額にキスされるようになった。帰る間際に玄関で必ず。  一回だけちゅっと触れてそれで終わり。メシ美味かったとかお休みとか、そういうお馴染みの一言を口にする前後のほんの一瞬の出来事だ。  たったそれだけの子供じみた動作をこの人は毎晩してくる。毎晩される小さなキスに、おかしくさせられているのは俺だ。心拍異常を引き起こしたのはこれで果たして何度目か。 「あの……」 「ん?」 「……いえ」  瀬名さんの唇が頬から離れ、俯き加減に呼び掛けたものの言いたい事は声にならない。そうこうしているうちに頭の上にはポンと手が乗っかって、髪をすきながら離れていった。 「じゃあな」 「……おやすみなさい」 「おやすみ」  夕食を共にする回数は積もりに積もり、頬にキスをされる回数もまた同時に降り積もっていく。逃げる事ならいつでもできるのにキスを拒否したことはない。そもそもこれはキスと言えるのか。頬に残る感触に指先で触れた。  玄関まで来て瀬名さんを見送れば何をされるか分かっている。なのについていく。自らすすんで。  頬か額のどちらか以外に触れてくる事のないそれに、日に日に募らせている自覚があった。もどかしい。そればかり思う。
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