腑に落ちないキス

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***  食後はデザートも奢ってもらった。チョコレートパフェに食い付く俺をこの人は微笑ましげに眺めていた。そして言われた。ゆっくり食えと。完全にガキ扱いだ。  近場のファミレスから一緒に戻り、自分の部屋の鍵を開けた。お茶くらいなら淹れますよと言って誘ったのは俺だった。  なんだかんだと理由を付けてはこの人の時間を独占している。招いたはいいがこれと言って話がある訳でもないから、代わりにガーくんの映像を見せた。実家の母親から送られてきた白いアヒルの最新状況だ。  ガーくんの写真を瀬名さんに見せたあの夜のことは忘れられない。盗撮データまで目撃されたのはいまだにイタくてショックな記憶だ。  何も気にしていない風を装いこの人の目に晒すスマホ画面。映し出されるのは庭をペタペタ歩いていたアヒルが眠りに就くまでの一部始終だ。  フカフカの羽毛に頭をもふっと埋めこむのが良く見かけるアヒルの寝姿。ガーくんも黄色から白に変わってしばらくのうちはそうだった。短い首を後ろに向けてコンパクトに収まる事もある。器用な寝方が可愛くて、見守りたくなる光景だった。  ところがある日を境にしてガーくんは微妙な寝方を覚えた。地面にコテッと転がって寝る。  頭を羽毛に埋めるどころか、茶色い土の上に突如ボテッと横向きで倒れ込む白いヤツ。初めてそれを目撃した時は天に召されたと本気で思った。当時まだ小学生だった俺が母親にガーくんの異変を知らせたら、どうした一体何があったと家中が大騒ぎになった。  しかし周りの人間達があたふたと騒ぎはじめてみれば、ガーくんはむくっと体を起こし、うるせえとでも言いたげな目でジトッとこっちを冷たく見やった。そして何事もなかったかのようにその場からペタペタ離れていった。  人騒がせなデカいアヒルのふてぶてしいその態度。残された人類は言葉もなく呆気にとられるしかなかった。  ガーくんはなんの前触れもなくいきなりパタリと倒れ込むから余計に怖い。瀬名さんに見せたのもそんなアヒルの衝撃映像だ。  ぎょっとした瀬名さんには生きてますよと声をかけた。それがこの人にはウケた模様。小刻みに肩を揺らしながら食い入るように何度も見ていた。動画を送ってほしいとまで言われたからよっぽど気に入ったのだろう。
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