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バカみたいに言い合いながら人の波に紛れて歩いた。道に沿って並んで建っている店の中の照明と、一定間隔に設置された街頭によって視界は充分。夜だけれど不便なほど暗くはならないこの街で、瀬名さんは時々歩きながら俺のこの手に触れてくる。
指先が触れ、そっと絡み、逃げずにいると繋がっている。瀬名さんの横顔を盗み見ても視線が交わる事はない。前を向いたまま普通に喋って、素知らぬ顔で指先だけをきゅっと控えめに握られる。
確かめるみたいな、そんな加減だ。握り返した事はないけど、拒否して弾いた事もない。
街の照明は視界を助け、人の顔を判別するのもほとんど妨げない明度。腰よりももう少し低い位置で秘かに繋がった俺達の手に気付く人はいるだろうか。指先がちょっと絡んだだけの、服の陰に紛れた接触。たとえ誰かに気付かれたって、なんだかもう、どうでもいい。
「……瀬名さん」
「うん?」
俺はそもそもどうしてこの人に、ノーと言い続けてきたんだろう。
「デザート、買ってください。持ち帰れるやつ」
初めて指先に力を込めた。ほんの僅か。少しだけ。分からないくらいに握り返したら瀬名さんはちゃんと気が付いた。
一瞬だけこの人の足が止まりかけ、そうはならずにまっすぐ歩く。ケーキでいいか。聞かれて頷く。デザートはただの、口実だ。
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