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「そんなんじゃ今ここで俺に食われても文句は言えねえぞ」
「食おうとしてる人はそんなこと言いません」
「どうだかな」
「そうやってあんたは……」
何もしてこねえんだろ。そう思ってタカをくくっていた。けれど途中で言葉を止めたのは、瀬名さんが俺の腕に触れたから。
掴むと言うほど強くはない。手首に触れられたから反射的に顔を上げ、そこでバチリと目が合った。
いつものふざけた表情を見せられると思ったがそうじゃなかった。言葉とは裏腹に、その顔は至って真面目。
それがなんだか怖いように思えて最初の一秒だけは怯んだ。けれどそれだけ。怯む以上の何かはしない。動かずに瀬名さんを見ていたら、良く知っているこの人の、唇の感触が。
「…………」
触れたのは頬。まただ。今夜もここに。
怯んだけど俺は逃げなかった。いくらでも好きなようにできたのに。たった今キスされた箇所を指の背で軽く擦って、負けた気分で呟いた。
「なんでいつもここばっか……」
こんな事を聞いてしまったら負けが確定したのも同じ。毎晩しつこく繰り返されるじれったいだけのキスには、いい加減痺れも切れていた。
「攻めすぎて嫌われたら元も子もねえだろ」
「ここまでしといて良く言えますね」
「ギリギリのところで守りに入るのはやむを得ない。お前の気持ちはまだ分からねえからな」
「前にも似たようなこと言いましたけど、俺はなんとも思ってない相手と毎晩こんな事はしないですよ」
瀬名さんじゃなかったらこうはなってない。キスされても嫌じゃないのはしてくるのが瀬名さんだから。分かっているはずのこの人は、全部言わないと許してくれない。
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