食後のデザート

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「まって……」 「いやか」 「いや、とかじゃなくて……」 「ならいいだろ」 「だから……」  分かってない。この男は。こういう時ほど察しない。  この人相手に見栄を張っても意味がないのは分かっているけど、一層負かされた気分になって視線だけをちらりと上げた。 「……俺、こういうの……はじめてで……」  誰かを好きになった事なんてなかった。だから誰とも付き合った事がない。こういう経験もせずに生きてきた。  全部初めてだ。この人がはじめて。俺がそれを白状すると、またもや目にする事になった瀬名さんの意外そうな顔。 「はじめて……?」 「……言わないで」 「なるほど。はじめてか」 「言うなってば」  できれば隠し通したかった。なけなしのプライドまでむしり取られたような気分だ。なぜなら相手は瀬名さんで、いかにもモテる感じの男で、モテるからには経験だってそりゃもう当然に多いだろう。  盗撮した時期もバレたし経験値の低さだってバレた。経験豊富な大人の男は目の前にいる未経験のガキにどうやら気を良くしたみたいだ。  窺うように俺を見ていたのはほんの数秒。すぐにきつく抱き直されて、そして一回、ちゅっと口に。 「遥希」 「……はい」  こうやって誰かに抱きしめられたのも初めて経験する事だ。今にも死ぬんじゃねえかってほど心臓がバクバクうるさい。もしそうなったら自殺教唆どころか瀬名さんの罪は殺人だ。  さっきまで撫でられていた唇にはまだ変な感覚が残っている。慣れないこと尽くしでどうにかなりそう。慣れているのであろうこの人は、俺を抱きしめながら真剣に言った。 「慣れるように練習しよう」 「……え」 「俺と。な?」  練習。とは、何を。何をだ。これをか。ふざけんな。  慣れるようにキスの練習。冗談がキツいにも程がある。 「全部俺が教えてやる」 「…………」  そこまで言って瀬名さんは笑った。それを見て俺はヒクッとなった。  この時の瀬名さんの表情はきっと一生忘れられない。告白を撤回したくなるほど、悪っそうな大人の顔になっているのを見てしまった。  好きになる相手は慎重に選ばなければならない。それが身のため。良く分かった。  教訓は得たが逃げる暇はなく、しばらく離してもらえなかった。
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