繁忙期の恋人

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「夕飯は?」 「適当に済ませた」 「あなたの適当は適当が過ぎるんですよ。なんか軽いもん作ります?」 「いや。いい」  ここ数日に比べればいくらか早いご帰宅だ。コートと鞄は自宅に置いて、空っぽになった弁当箱を片手に持ってやって来た。  疲れていると言わない瀬名さんは疲労がその顔に浮き出ている。無理して俺に構っていないでさっさと自分ちで寝ればいいのに。  首にタオルを引っ掛けたまま、キッチンでお湯を沸かしてインスタントコーヒーとミルクを用意した。が、やめた。思いっきりカフェインだし。  代わりに出してきたのはバイト先の子にもらったカモミールのティーバッグだ。良かったら、なんて言われたためありがたくもらい受けたが、その箱を棚に置いたまますっかり忘れて放置していた。  ちょうどいいからそれを開けた。外装のフィルムをペリペリ剥がす。背後からは俺の手元を瀬名さんが覗きこんできた。 「女子みてえなもん飲むんだなお前」 「もらったんですよ、女子に」  ハーブティーを自分で買う男はそんなにいないだろう。少なくとも俺の周りにはいない。うちの中にある女子っぽいものは瀬名さんがくれたクマだけだ。  この人の両腕がスルッと腹の前に回された。常に保たれていた一定の距離は付き合い始めてから見事に消滅。今ではこうやって抱きしめられる事もしょっちゅうだ。  こんな迷惑な時間帯に図々しい客が来やがったせいで髪はまともに乾かせていない。湿り気が移るのも構わず後ろからぎゅっとくっついてくる。
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