繁忙期の恋人

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「ほら、危ないですって」 「乾かさねえと風邪ひくだろ」 「あんたが変な時間に来なければとっくに自分で乾かしてます」  タオルはぐいっと奪い返した。カップに湯を注ぐとハーブの匂いが湯気と共にほんのり漂ってくる。  嗅いだことのない匂いだった。カップを二つ持ってベッドの前に移動する間も瀬名さんはずっとまとわり付いてくる。飼い主の足元でわふわふモコモコ動き回るトイプーみたいだ。この人の場合は小型じゃないから鬱陶しいなんてもんじゃない。 「さっさと飲んで。飲んだら帰って」 「そりゃいくらなんでも冷たすぎねえか」 「あなたはこんな所にいないでさっさと家帰って寝ないとダメ。自覚あるか分かりませんけど結構酷い顔してますよ」 「愛を感じた」 「うるっせえなもう」  ラグの上に腰を下ろすとようやく瀬名さんの無駄口も遠のく。カモミールはまあまあお気に召したのだろう。不味くはねえなとひねくれた感想を漏らしていた。そんなにその女子が気に食わないのか。  俺もカモミールティーなんて初めて飲むけど確かに不味くはない。ただしその匂いと味はやや独特で好き嫌いは分かれそうだ。緑茶とも紅茶とも違うそれを飲みつつ、テーブルの上に投げ出していたスマホをなんとなく手に取った。  興味本位で検索してみたカモミール。検索結果により表示された白い花の画像が最初に目につく。画面を下にスクロールさせて辿り着いたその効能は、隣で同じ物を飲んでいる疲れた社会人にピッタリだ。 「カモミールティーって安眠作用があるみたいですね」 「ならこれを渡してきた女はお前の寝込みを襲う気だったに違いねえ」  ネットで手軽に仕入れた情報をそっくりそのまま隣に流したら邪推になって返ってきた。白い目とはこういうものだという見本のように俺の両目はなっているはず。
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