繁忙期の恋人

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「……そんなしょうもないこと考えるのは全国探してもあなたくらいです」 「いいや、お前は完全に狙われてる」 「どうしたらそう思えるんですか。あの子ウチの住所知らねえし」 「同じバイト先だったら個人情報手に入れるくらい軽いもんだろ」 「普通の子はそういう犯罪に手を染めません」  考える事が全部しょうもない。見ず知らずの女の子を自分のよこしまな妄想に巻き込むな。何より俺が女子に負けると思われている事がムカつく。  金曜の夜に押しかけて来たかと思えばこれだ。働きすぎて頭のイカレ具合が悪化したのかもしれない。 「家に帰って鍵を閉めたらチェーンをかけるのも忘れるな」  まだ言うか。 「そのネタもういいです」 「ネタじゃねえ。本気で言ってる」 「……きっと疲れてるんですよ」 「憐れんだ目で俺を見るのはやめろ」  鼻で笑ったら微妙な顔をされた。瀬名さんの腕は当たり前のように俺の腰に回される。 「恋人の心配して何が悪い」  引き寄せられるのに合わせて俺も手放したマグカップ。ここ最近はおはようとかおやすみとか、その程度の挨拶を言い合うだけの事が多かった。だからこの人とこうやってくっついたのも久々。  抱きしめられるの、何日ぶりだろう。まだ慣れない。だって相手は瀬名さんだ。  俺の心臓の平和が終わる。俺が大人しくなってしまえばすかさず好き勝手し始めるのが瀬名さん。頬を撫でられ、額にキスされ、恥ずかしくなって視線を下げた。  親指の腹で唇をそっと撫でられたのはそのあとで、なぞった箇所を確かめるように重ねるだけのキスをされた。 「お前にこうしていいのは俺だけだ。そうだろ?」 「…………」  何食って育てばこんなキザ野郎になれるのだろう。この人ほんとに日本人か。  ちょっと前までこういう事は言われなかった。独占欲。それを思わせる物言いに、行動に。その気持ちを暇さえあればストレートに向けてくるから、むず痒いけど嬉しくない事もない俺が出来上がる。 「……俺はなんて答えればいいんですか」 「あなただけですダーリンとでも言ったらどうだ」 「死んでも言わない」  自分で作ったムードを自分でブチ壊して何が楽しい。  着痩せするが実は厚い胸板をグイッと押しやった。まだ半分も減っていないカモミールティーに手を伸ばす。
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