デート

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「するか」 「……はい?」 「今夜にでも。子作り」 「最低ですよ」  げんなりする。すぐに手は弾いた。それでこの人はふっと笑うから、冗談なのだと突き付けられる。  しょうもない話題はしょっちゅう振ってくるくせして瀬名さんが本当に手出ししてきた試しは今のところ一度もない。俺達のこれはいわゆる健全なお付き合いだ。キスより先はなんにもなくて、ただのキスでさえ未だに慣れない俺にこの人は合わせてる。  顔面が少し熱くなりそうなのは必死でこらえた。きっと堪えきれていないけど、動揺を悟られたくない。交差点を横切る車列を苦し紛れに眺めておく。 「どうせあんたは何もしてこねえって俺はちゃんと知ってます」 「それはつまりしてほしいって事か」 「違ぇし」 「なるほど」 「違うってば」  勝手に納得するこの人には結局いつも俺が負ける。だから意地でも隣は向かない。  満足そうに笑う声を聞かされてしまえば、どういう顔をしているかくらいは簡単に想像できた。 「違うけど……ずっとガキ扱いされてんのはやっぱりちょっと、ムカつきます」  少し前に瀬名さんは、ゆっくりでいいと静かに言った。長いキスをされてガチガチに緊張したみっともない俺を抱きしめながら。  何もしてこないのが本当でも、それっぽい雰囲気にならない訳じゃない。それっぽい雰囲気を感じ取り、俺が思わずほんの少しだけこの体を強張らせると、その度に瀬名さんは目聡く察知して漂う空気を冗談にさせる。  この人は俺に合わせた。なぜかと考えれば答えは簡単。この人は大人で、俺はガキだから。余裕のある大人はいつも俺のことを待っている。
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