デート

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 目にしているのはフロントガラスの向こうの光景。神経が過敏に拾うのは隣のこの人の些細な動作だ。  次に瀬名さんが触れてきたのは俺の手だった。重ねられた大きな手で指先だけをきゅっと握られ、上から覆われるその感覚に微かな程度落とした視線。  爪の形に添って撫でられる。隣を見ないでいるから余計に、この人の声が耳に響く。 「どういう扱いならいいんだ」  触れる指先の動きはゆっくり。視線は更に、もう少し逸らした。 「どう、って……」 「どうしてほしい」  横からくいっと腕を引かれる。反射でそっちに顔を向けた。 「お前の望む通りにしてやる」  取られた手には、触れるだけのキス。中指の、第二関節辺りに。ちゅっと。 「…………」  手はすぐに離されたから、視線もおずおずと透明なフロントガラスに戻した。瀬名さんもハンドルを握り直し、そこで青に切り替わった信号。止まったときと同じように車はゆるやかに走りだす。 「……信じられない」 「何が」 「あなたイタリア人ですか」 「そう見えるのか」  見えねえよ。無駄にイケメンで背も高いけど。  こんなに恥ずかしい事を普通の顔してやってのけるのはおとぎの国に生息しているスカした王子様くらいだ。瀬名さんは現実に支配された国で生きる一般的なサラリーマンなのに、甘ったるい行動をとってもまったく違和感がないのが怖い。
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