デート

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*** 「あれか」 「あれですね」 「チビのくせに元気だな」 「チビだから元気なんですよ。あ、今こっち見た」  チョロチョロ動く水辺の妖精。カワウソ一家が大変かわいい。水族館の人気者の周りには人がわんさか集まっていた。  ガラス張りの小展示室の中には父カワウソと母カワウソと子カワウソの合せて三匹。床材を引っ張り剥がしてその下に潜り込んでいるのが父か母かのどちらかだろう。デカいうちのもう一方はチビに付きっきりになっている。となるとあれが母親だろうか。水の中に入るのを躊躇するチビの横で忙しなくモクモク動いていた。  生まれてからまだそこまで経っていないチビは好奇心旺盛だ。あちこち歩き回ってひたすらキョロキョロしている。けれど水に入るのだけは怖いのだろう。水面を覗きこんで興味のある素振りは見せるが、最後の一歩が踏み出せないようで淵をウロウロするばかり。 「あ……」  ガラスケージの中のチビをここから見守っているさなか、反射で小さく開いたこの口。周りからも同時に声があがった。お手本を示すようにプールに入った親カワウソが、入るに入れず戸惑っている子カワウソを力ずくで引きずり込んだ。  ポチャッと地味なしぶきが上がった。バシャバシャ焦って必死に陸地へ上がろうとする憐れな我が子を親は水中から出してやらない。床を引っぺがして遊んでいたもう片方もやって来て、両親揃ってチビに対する水泳教室を強行していた。 「カワウソってのはあんなスパルタなもんなのか」 「激しいんですね……なんかイメージと違う」  無理やり引っ張り込まれたチビは最初こそ慌てていたものの、一度水に浸かってしまえば自分が泳げることに気付いたようだ。しばらくすると二匹の親の後についてスイスイ難なく泳ぎ回っている。  あれこそカワウソの生きざまだ。見かけよりものほほんとしていない。  ガラスケースを囲っているのはカップルや家族連れが多い。カワウソの一挙一動に大騒ぎする声が響く中、泳ぎを覚えた子カワウソを見ながら隣で瀬名さんが呟いた。 「お前もあれくらい抵抗なく俺に慣れてくれりゃ苦労しねえんだがな」 「なんですか。急にイヤミ飛ばしてくんのやめてくださいよ」 「俺らの道のりはまだまだ長いと急に実感してみただけだ」  ゆっくりでいいっつったの自分じゃん。
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