瀬名さんのダチ

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*** 「ここで何してんだ」  部屋の中には瀬名さんの冷たい声が響いた。それを受けるこの人の声は冷たくないが落ち着いている。 「見りゃ分かんじゃん。コーヒー飲んでる」 「そんな事は聞いてない。なんでお前がここにいる」 「外で待ってんの寒いから」 「ふざけてんのか」 「まあそう怖い顔すんなって。さっきまではメシ食ってたんだよ。ねー、ハルくん」  のほほんとコーヒーをすするその人を瀬名さんはきつく睨みつけた。怖い。自分の家のダイニングなのに居場所が見つからずやや後ろに下がる。  うちのインターフォンを鳴らして俺に抱きついてきたところまでは瀬名さんの態度はいつも通りだった。ダイニングに足を踏み入れ、テーブルにつくこの人の姿を目にした途端にこうなった。びっくりするほど瀬名さんが厳しい。 「どうせまた家追い出されたんだろ」 「またとか言うなよ」 「こんな時間に人んち上がり込んでメシ食う神経が理解できねえ。常識ってもんを考えろ」  非常識な人が常識を説いている。非常識な人の友達も相変わらずコーヒーを飲んでいる。  瀬名さん宅の玄関前に立っていたこの人を招き入れたのは、俺にしては極めて珍しく親切心によるものだったが今更ながら少し後悔している。瀬名さんがここまで怒るとはまさか思ってもみなかった。 「さっさと出ていけ」 「冷てえの。ダチにその態度はねえだろ」 「傍迷惑なクズ野郎をダチに持った覚えはない。夫婦喧嘩だろうとなんだろうとやるのは勝手だが人を巻き込むな」 「瀬名さんっ、あの、違うんです。俺が無理言って入ってもらって……」  あまりにも辛辣な発言の数々につい口を挟んでいた。うっかり自ら話に交じってしまったせいで、瀬名さんの冷たい眼差しはそのまま俺に向けられた。怖い。 「えっと……晩飯もさっき、二条さんがわざわざ作ってくれたんですよ。あ、そうだアジの南蛮漬け残ってるんでもしよかったら…」 「いらない」 「……そうですか」  食いますか。と言う前に言われた。遮るようにして示された拒否。目つきも怖い。口調もキツイ。誰だよこの人。なんでそんなに冷たいんだ。  すぐに負けて口を閉じたが、傍迷惑なクズ野郎とまで言われた本人はどこ吹く風だ。ズズッとコーヒーをすする音が場違いに響き渡った。 「まったく。俺の南蛮漬けを食わねえなんてどうかしてる」 「そんなに蹴り出されたいのか」 「ハルくんは美味いって言ってくれたよ。お前とは大違いだな」 「若い奴に気を使わせるな」  いや、美味かった。お世辞ではなくどれも本当に美味かった。  とは思うも瀬名さんがなんか怖いし、今度は何も口を出さずに大人しくしておこうと決める。  どうしてこんな事になったのだろう。なけなしの親切心を発動させるべきタイミングは、たぶん先程の玄関前じゃなかったのだろうと大いに悔やんだ。
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