瀬名さんのダチ

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***  むしゃくしゃした気分は晴れなかった。食器を洗ってもテーブルを拭いても気は紛れず考え込んでいる。ここから追い出した男のことを。  ベッドにドガッと倒れ込み、溜め息をつく前に目に入る。大きめのクマ。と、そのクマよりも小さなサイズの、くったりとした作りのカワウソ。  先日行った水族館から連れ帰ってきたぬいぐるみだ。散々いらないと拒否していたのに瀬名さんは結局こいつを買った。おかげさまで俺の部屋にはまたしても可愛いのが一匹増えたが、見れば見るほどいい迷惑。俺はメルヘンな女の子じゃない。  枕の隣で並んでいる二体をぼんやりしつつも鬱陶しく眺め、それでどの道、ため息が出る。インターフォンが鳴らされたのはちょうどそんな時だった。 「…………」  誰かは分かる。考えなくても一瞬で分かる。あのクソ野郎だ。他に誰がいる。  応じないという手もあるにはある。けれどもただのシカトで終えてはまるで逃げるようだから、弱腰な態度に出るのも癪だしベッドからすぐに起き上がった。 「なんの用ですか」  ガチャリとドアを開けた瞬間にこっちから言ってやる。睨みつける側は俺。対するこの人の表情は硬い。 「さっきは悪かった」 「その話はしたくないです。帰ってください」  さっきの今でよくもノコノコとやって来られる。そのうち来るだろうと思ってはいたけどまだ一時間と経っていない。どれだけ図太い神経してんだ。 「入っていいか」 「俺が言ったこと聞こえませんでしたか」 「今話したい」 「帰ってください」 「頼む」 「帰れよ」 「遥希……」  なんてしつこい男だろう。本当にイライラさせられる。この人は最初からそうだった。 「謝りたい」 「…………」  声の響くアパートの通路で夜も遅い時間でなければとっくに怒鳴りつけていた。声の響くアパートの通路でしかも夜更けと言うべき時間に、そんな真似はしたくない。 「……二条さんは」 「うちにいる」 「……すぐ帰ってくださいよ」  不可抗力というやつだ。
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