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「飲食店にしては楽なバイトだったんですよね。ていうかいつも客いなかったし」
「なぜそんなとこに勤めてた」
「うちから近くてシフトの融通も利いたので。バイト代は毎月ちゃんと振り込まれるからまあいいかなって」
「おっとりしすぎだろ」
バイト先の店が潰れた。なんの予告もされないままある日突然閉店が決まった。無論アルバイトは全員解雇だ。最後の勤務は昨日だった。
そこまで慌ただしく駆け回ることもなく金をもらえる労働場所がなくなったのは残念だけれど店長を責めてもそれは無意味だ。とは言えこちらにも生活がある。春には履修科目に合わせて新しい教科書を買い揃えないとならない。そろそろ車の免許も取りたいしちょっとくらいは貯金もしたいし、仕送りだけでやっていくのはいくらなんでも心もとない。
となれば今やるべきことは新しいバイト探しだ。瀬名さんが来ていようとお構いなしにスマホと睨めっこを決め込んでいた。
気の利かない俺の代わりに紅茶を淹れてきた瀬名さんは、ミニテーブルに二つマグカップを置いてベッドの前に座り込んだ。隣からバイトの求人を一緒になって覗き込んでくる。
稼げる。駅チカ。交通費支給。シフト融通。時間融通。土日出勤時給アップ。週二から可能。大学生歓迎。未経験の方大歓迎。サポートもしっかりいたします。
見栄えのいい字面の数々がそこかしこに並んでいるが、ピンとくるバイト先とはそう簡単には出会えない。
「見つかりそうか」
「うーん、まあ。そうですね。やたら希望条件付けなければ」
「俺の希望は一つだけだ。今度は女がいない店で働け」
「なんで俺があんたの希望を考慮に入れなきゃならないんですか」
しかもその条件は一番難しい。
横から腰に腕を回され、押し返したら無理に抱きついてきた。体の左側が重い。いい年した大人が鬱陶しい。
「いっそのこともうバイトなんかしなくていい。今後は俺がお前を養う」
「あなたに養われる理由がありません」
「こんなにも愛してる」
「理由になってない」
「将来も誓いたい」
「誓わなくていいです」
話半分に画面をスクロール。女子率ゼロのバイト先はたぶん見つからないだろう。
無茶な要求を出してくる男はスマホ本体まで奪おうとする。邪魔くさいので背を向けてやったら今度は後ろから抱っこされた。
「労働場所探しもいいが少しは大事な恋人を構え」
「こっちは生活かかってんですよ」
「だから俺が養う」
「結構です」
地味な小競り合いの末にぶん取られてしまったスマホ。小さな機械はベッドの上にポフッと軽く放られた。
男子学生に背後からベタベタして一体何が楽しいのだろう。タイヤにじゃれつくパンダみたいだけどサラリーマンはモフモフしてないし全然かわいい雰囲気でもない。
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