事故かもしれない物件

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 先日の一件があってからというもの、瀬名さんのベッタリ度が増した。元から鬱陶しい人だったが最近のスキンシップは一層激しい。  暇さえあればベタベタベタベタベタと。今も徐々に体重をかけてくる。 「重い」 「受け止めろ」 「暑苦しいんですけど」 「だったら今すぐ暖房を切れ。数分で人肌が恋しくなってくる」  エアコンのスイッチは絶対に切らない。 「……ねえ、もうホント邪魔」 「お前はそうやって事あるごとに人のことを邪魔だ邪魔だと」 「そろそろいい時間ですし部屋戻ったらどうですか」 「俺を追い出そうとするな」  いちいち口を出してこなければ俺だって追い出そうとはしない。  人をぎゅうぎゅうに締め上げてくる腕が緩んだかと思ったらうなじにチュッと。めんどくさいから好きにさせていたらカプッと歯を立てられた。  カリカリされる。甘噛みってやつ。キスしながら肌をゆっくり歯で撫でられるのがくすぐったい。それがどうにもしつこいものだからほんのちょっと後ろを向いた。すると今度は首の横側をこの人の唇がそっと掠めた。  吸い付くようにキスされる。ついでにぺろっと舌先が触れた。甘噛みとキスを繰り返されて、縮こまりながら少しだけ逃げればこの人は反対に体重をかけてくる。 「瀬名さん……」  カーペットに手をついた。自分の体重とこの人の体重を支えようとしたが抗い切れない。徐々にゆっくり倒れ込む。瀬名さんの腕に従うように。  やんわり押し倒されると同時に上に向かされこの人と見合った。真上から見下ろしてくるから視線を逸らしてやや尻込みする。  どういう顔だよ。なんだその顔。  俺の両側を囲いこむように瀬名さんが手をついたせいで、身動きはすごく取りにくい。 「少しは構えよ。さびしいだろ」  あんたに構ってない時なんてない。言い返す前に塞がれる。  黙らせるためのキスを一回。マシュマロみたいな軽いキスを一回。三回目には深くなった。俺がちょっとだけ口を開いたから、この人がその隙間を埋めた。  瀬名さんは毎晩俺にキスする。触るだけのやつから、こういうやつまで。  でも今みたいに上に乗っかってきたことだけは一度もなかった。下から見上げる瀬名さんは、男の人って感じの顔だ。 「ん……」  手を握られたのは四回目のキスの最中。互い違いに指が絡む。ほんの少し握り返したら、親指をスリッと撫でられた。  唇がこすれるのに合わせて湿った音が室内にひびく。部屋の中は静かだからそれがやけに耳についた。口の中をゆっくり舐められ、舌先をちゅくっと吸われる。やわらかく絡めて合わせながらなぞられるのを受け入れた。  微かに握り返しただけではとても足りなくなってくる。この人の手をしっかり握りしめ、そうすればもっと強く返してくれる。  瀬名さんとのキス以外を俺は経験したことがないけど、これはかなり、気持ちいいキスだ。エロいキス。とも言うのかも。唇の表面に沿って、この人の舌が形をたどった。  下の唇を食べるみたいにくすぐったく甘噛みされる。時間をかけて離れていっても手だけはまだ繋がっていた。だから唇もすぐにまた重なる。濡れたそこを何度もついばみ、唇で唇を撫でられて、はふっと小さく、呼吸が漏れた。  濡れた感覚の残る唇を親指の腹で擦られ、それから頬にキスされた。額にも同じようにそっと。右手では髪をすくようにやんわりと撫でてくる。大きな手のひらで左側の頬を包まれて、瀬名さんの顔を見上げた。  下から見るのは変な気分だ。いつもとはどことなく違う。知らない表情をしているこの人を黙ったまま見上げつつ、ほんの数秒くらいの間に色んなことを考えた。  こういう雰囲気。こういう体勢。しかも瀬名さんはこの顔だ。このままじっとしていたら、俺はこの人とどうなるだろう。瀬名さんは、どうしたいだろう。  俺もこの人も黙っているから時計の音だけが耳に入ってくる。この近辺は夜も静かだ。静寂の中で頭を使った。そして唐突に思いつく。  そうだ起きよう。それがいい。
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