事故かもしれない物件

5/13
前へ
/1407ページ
次へ
「……安い安いとよく言っているからずっと不思議には思ってた」 「は?」 「いくらで契約したのか知らねえが、安いのはおそらくこの部屋だけだ」  ここは他の部屋よりも家賃を下げて設定してあると思う。そう付け足してさらに続ける。 「相場で言うならここらの地域の家賃は特別安くない。このマンションも例外じゃねえ。築年数はそれなりでも立地と構造と間取り考えりゃ少なくともお前が言うような格安ってことにはならねえよ」 「……え?」 「現に俺の部屋はそうだ。バカ高くはないが安くもない」  そこまで言われ、初めて考える。  ここの造りは重量鉄骨の五階建て。安アパートの定番とも言える木造二階建てとかに比べればまあまあ頑丈にできている。  駅からは徒歩十分圏内。周りにはこれといって何もないものの閑静な住宅地とも言い換えられる。  一方で生活には困らない。歩いてすぐの範囲にスーパーはあるし深夜までやっている薬局もあるし、目と鼻の先とも言っていい場所にはコンビニも一店舗。反対に忌避施設的なものはないから騒音も振動も空気汚染もない。  都会の賃貸物件と言ったら、たとえ小さなワンルームでも場所によっては高額な賃料が設定されることがよくある。ここは古い1DKだが首都の駅近賃貸だ。万札三枚程度があればひと月分の家賃になってしまう地方の古物件とは違う。  狭くて壁も厚くはないけど、風呂とトイレは分かれている。脱衣所だってちゃんとある。いわゆる三点セパレート。  最新式のエアコンだって完備だった。ちょっとしたクローゼットも付いているからそれなりに収納力もある。ベランダの窓は南向きで日中はたっぷり陽が差し込むし住空間としては申し分ない。  にもかかわらず、格安だった。学生マンションって訳じゃないのにそう言えば色々と融通も利いた。加えてここは角部屋だ。なのになんかやたら安かった。  瀬名さんが急に俺と目を合わせなくなったのが非常に気になる。  この部屋を俺が安いと言うたびにこの人が不思議に思ったのはなぜか。安くないはずの部屋が安い場合、考えられる理由とは。 「え……ここって、なんかあるんですか」  一瞬だけ瀬名さんがこっちを見た。しかしまたすぐ目を逸らされた。  なんで逸らした。やめろそういうの。 「……俺もはっきりしたことは分からない」 「何が……」 「…………」 「え、え、なんっ……なにが?」 「…………」 「なんなんですか……ッ」  頑なに目を合わせようとしないから思わず腕に掴みかかっていた。いい加減こっちを見てくれ。気まずそうな顔もやめてくれ。頭によぎったのとは違う答えが欲しくて縋りつくように問いただす。
/1407ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6503人が本棚に入れています
本棚に追加