事故かもしれない物件

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 瀬名さんの快諾を得るや否や逃げるように部屋から飛び出した。ちょうど隣でドアを開けてくれたこの人を見て駆け寄りたくなる。 「ちょっと待て。鍵は閉めろ」  でも瀬名さんは冷静だった。逃げ込む先が隣とは言え戸締りはちゃんとしなさいって意味だ。  仕方がないからもう一度部屋に入って豪速で鍵を掴み取ってきた。心臓をバクバク鳴らせながらガチャリと施錠し今度こそ避難。隣室の玄関に踏み込んだあとには安堵のため息を深々とついた。 「それでお前は何を持ってきた」 「え?」  入れてもらった部屋の中。瀬名さんの言葉とその視線によって自分の左腕を見下ろした。  ここに来てようやく気付く。抱えていたのはクマとカワウソ。ぎゅうぎゅうに抱き潰したままこいつらも一緒に連れてきてしまった。 「……護身用?」 「それはさすがに無理がある」  ですよね。俺もそう思うよ。  笑いを堪える瀬名さんの肩が小刻みに震えているのは気づかなかったことにした。  オマケの二体を部屋に戻してこいと命じられることは幸いにもなく、クマとカワウソもシングルベッドに俺とセットで入れてくれた。  ただでさえ男二人で寝るにはきついスペースだ。こいつらがいると余計に狭苦しい。そう感じるだけならばまだしも、実際にかなり窮屈だから限界まで端っこに寄った。 「クマ雄とウソ子に抱きついてねえで素直にこっち向いたらどうだ」 「俺のクマとカワウソに変な名前つけないでください」  俺の前にあるのは白い壁。瀬名さんには背を向けていた。  人のベッドの片半分を陣取っているのはこっちな訳だから、クマとカワウソを抱っこしながら壁に体をくっつける。壁と俺に挟まれた二体は苦しげに顔を潰されていた。ごめんな。 「本当はいつもそうやって寝てんだろ」 「寝てません」 「俺だと思って抱いて寝てんだよな」 「違います」  背後ではこの人がさっきからペラペラと。しまいには不名誉な疑惑まで断定するように言い放たれた。  クマもカワウソも普段なら抱っこしない。こいつらに抱きついてベッドに入るのは今夜が初めてで今後はもうない。 「こうなったのはあんたのせいですよ」 「匿ってもらっておいてその言い草か」 「急にあんな話するのが悪いんじゃないですか」 「今まで何もなかったんだろ」  今まで何もなかったところに不確実ながら不穏な話を持ち込んだのがこの男だ。諸悪の根源が偉そうに言うな。  お化けに呪い殺される前に俺がこの男を呪ってやろうか。藁人形の作り方でも検索しようと考えていたら、後ろからスッと腹の前に腕を回されて固まった。 「これで怖くない」 「…………」 「なあ?」  耳元でこの人の声が響く。お化けは一瞬で頭から飛んだ。 「お前の安全は俺が保証する」 「……除霊でもできるんですか」 「できねえが守る」  できねえくせに自信たっぷりだ。ぬいぐるみに抱きつくこの腕を宥めるように撫でられた。  背中にはピタリと瀬名さんがくっつく。あったかい。包まれるみたいな。後ろからやわらかく抱きしめられると少し前までの恐怖も忘れそう。  安全を保証してくれるそうだ。瀬名さんが守ってくれるらしい。  俺は決して人から守ってもらうようなお姫様タイプではないけど。 「寝ちまえ。こうしててやる」 「……うん」  優しくされているのが伝わる。これ以上の安全圏はない。  この人の腕の中にいる時が、心地いいのはもう知っている。
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