事故かもしれない物件

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***  リクエストされたチーズドリアを瀬名さんの部屋で作って待った。  八時前後には帰れる。瀬名さんからそんなメッセージが入っていたのは夕方ごろだ。あの人が朝に予告していった通り今夜は一緒に晩飯を食えそう。  大学からの帰り道で必要な食材を調達したあと、もらった鍵をさっそく使った。だがこの部屋の主は不在。瀬名さんの家に一人で入るのはさすがに少し緊張した。  玄関の前で数分の間挙動不審にキョロキョロしていて、はたから見れば空き巣か何かに間違われてもおかしくなかっただろう。うっかり通報されてしまう前に意を決して踏み込んだ部屋は、当然ながら今朝俺がここを出ていった時のままだった。  とっくに見慣れてしまった部屋なのに一人でいるのはそわそわする。そわそわしながらキッチンに立った。何をやっているんだか俺は。  瀬名さんは会社から帰ってくるとまずは自宅のドアを開ける。荷物を置いてコートを脱いでから俺の部屋のインターフォンを押す。  今夜帰ってきたあの人は、ドアを開けて俺がいるのに気づいたらどんな顔をするだろう。驚くか。笑われるか。想像すればする程そわそわした。  落ち着かない時はじっとしているより体を動かした方がいい。夕食のリクエストは久々だからちゃんとしたものをテーブルに並べたい。  瀬名さんが食いたがったチーズドリアと、この前実家から送られてきた人参と玉ねぎを入れたスープと。安売りしていた濃い色のサーモンはマリネにして冷蔵庫にぶち込んである。ドリアが焼き上がりそうな頃にサラダの上に乗せれば完成だ。  雑念を払うために手を動かすけど、結局頭の中を占めるのは帰ってきた瀬名さんの反応だった。 「お帰りなさい」 「……ただいま」  その答えを知ることになったのは八時を少々過ぎた頃。  帰ってきた瀬名さんはいつも通り自宅のドアの鍵を開けた。ガチャリと音がした数秒後、向こうから開かれたダイニングのドア。  瀬名さんの最初の反応はプチびっくりってところだった。しかしドアノブに手をかけたまま突っ立っていたのはほんの僅か。こっちへやって来るのを見て体の向きを鍋の方に戻した。 「カギ使ったのか」  背後に立つと同時に言って、両腕を俺の腹の前に回した。この人はすぐにこういう事をする。  手慣れた様子がちょっとムカつく。だから俺も余裕ですけどって風を装って言い返す。 「これからはあんたの財産盗み出し放題です」 「わざわざ盗み出すまでもない。お前になら全部くれてやる」  ああもう。 「ちなみに通帳と銀行印は向こうの棚の二段目の引き出しだ」 「やめて生々しい」 「クレジットカードは財布に入ってる。暗証番号知りたいか」 「間違っても言わないでくださいよ」  怖ぇよこの人。いいよ、負けたよ。  俺を惨敗させた瀬名さんはぎゅうっと後ろから抱きついてくる。
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