瀬名って名前のクズ教官

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「いつまで乗ってるつもりですか」 「俺が満足するまでに決まってる」 「いい加減どいてくださいよ」 「全然満足してないから断る」  人の上に乗っかりながらこの大人は平然と言う。メシ食い終わってすっかり寛ぎモードになっていたら押し倒された。どこでスイッチが入っちゃったんだか全然思い当たる節がない。  急にこういうテンションになれるのも男としては尊敬するけど、何度もしつこくキスしてくるから唇の感覚もいよいよ危うい。そろそろ限界で音を上げた俺を瀬名さんは逃がす気がないようだった。 「キスに慣れたなら第一段階は修了だ。今日からは第二段階に進む」 「なんですかここ。教習所ですか」 「路上教習も二人で一緒にがんばろうな」  そんな教習は頑張りたくない。教官がこれでは消耗もひどい。  むぐっと押し付けるように唇を重ねられ、ついでに両手首もつかまれた。  おぞましい事故物件疑惑を突如ブチかまされて以降、日が暮れてから自分の部屋に一人でいると落ち着かないため瀬名さんの部屋に入り浸るようになった。  怖い事を言いだした人の所に避難するのも癪だが仕方ない。瀬名さんも瀬名さんで会社から帰ってきて自分の部屋に俺がいようとも、それがあたかも当然のごとく普通にただいまと言ってくる。  俺はここにいていいらしい。定位置はすっかり瀬名さんの隣。  しかし今はこの人の下だ。手首は床に押さえつけられ、けれど握力はやんわりしていて控えめだから痛くない。振り切ろうと思えばいつでもできる。  優しい加減で俺を拘束するこの男は、キスより先に進みたいそうだ。  口の端っこにちゅっとされた。そのキスは顎を伝ってゆっくり下におりていく。  形の整った唇が、首の横を撫でるように掠めた。 「あの……」  キスの仕方とか、触り方とか、瀬名さんは明け透けで隠さない。こっちが逃げ腰になっていても今までのようにはやめてくれない。生温かい、湿った感触が肩に向かって首筋を伝った。  着古したシャツの襟ぐりに、この人の指先が引っかかる。クイッとそこを引っ張って、空気に晒された鎖骨の線を濡れた舌先と唇が辿った。  強張りそうな体を動かして下から触れたのは瀬名さんの二の腕。触れたその腕は、頑丈で逞しい。反対にこの人の服を掴んで握りしめる俺の力は、無様なほどに弱々しかった。 「待って……」 「俺はもう十分待った。むしろ褒めてほしいくらいだ」  押しのけるまでには至らない。だからこの手はすぐに捕らえられ、床の上に戻される。 「お前もそう思わねえか」  問いかけの形を取っていながら実際のそれは断定だ。俺が答えに詰まっているうちにもう一度ゆっくりされたキス。優しい。けど、それだけじゃない。  左側の手首は放され、空いた片手は服の裾へと。瀬名さんの大きな手が中にスルスル入ってくる。指先がそっと肌に触れ、反射でピクッと体が揺れてもその手を止めてはくれなかった。  耳の下には唇が触れる。吸い付くようなキスをしながら、撫でられた。腹の上を。ツツッと。 「っ……」  ぐいっと、瀬名さんの肩を押し返していた。  この喉からは詰めたような音がヒクリと零れ出ただけだったが、決してそんなつもりじゃない。そういうつもりは全くなかった。けれど今度こそこの行動は明確な拒否になっている。 「…………」 「…………」  縮こまったまま瀬名さんを見上げた。はっきりと押し返してしまった。  咄嗟に両腕が動いていたのは単なる反射だと言い訳したいが、俺を見下ろすこの人の目にはどう見ても不満しか浮かんでいない。 「思わねえようだな」 「…………」  口調まで非難がましい。 「俺も無理強いはしたくねえがここまで拒絶されるとさすがに傷付く」 「拒絶なんて……」 「違うのか」 「……そんな責めますか」 「切羽詰まった男と書いてクズって読むんだよ覚えとけ」  偉そうに堂々と言う事じゃない。
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