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チクチクと視線が突き刺さってきて痛いからそろりと逃れた。自分でクズとか言うだけあって込められた怨念が凄まじい。顔を背けながら控えめに起き上がってもねちっこい眼差しだけは感じる。
「……今日はだめ」
「ほう。そうか。今日な。今日はな。たしか一昨日もそう言われた気がする。昨日もそう言われた記憶が残ってる。明日もそう言われる予感しかしねえ」
「毎日押し倒してくんのやめてくださいよ」
「恋人を丸ごと愛したいと思う俺の至って純粋な気持ちをお前はそうやって踏みにじる」
ペラペラペラペラとうるせえな。この人のどこが純粋だろうか。
少しでも罪悪感を抱いた俺がバカだったのかもしれない。聞こえのいいように言っているけど要はヤラせろって話だ、クソじゃねえか。こんなのが純粋な訳がないし被害者ぶってる感じもムカつく。
申し訳ないと思っていられた時間はかなり短かった。いつまでも危険人物の隣に居座るバカはいないだろう。
そそっと距離を取って座り直した。どう考えても賢明だと思う。わざっとらしいため息ついた瀬名さんは不満タラタラだけれど。
「なあ知ってるか。こういうのお預けって言うんだぞ」
「知りませんでした」
「俺の状態は欲求不満と言う」
「なんだよさっきからネチネチと。ゆっくりでいいって言ってたくせに」
「付き合っちまえば陥落するのは時間の問題だと思ってたからな」
ちょいちょいクズだなこの男。
人がせっかく開けた距離をこの人はぐいぐい詰めてきた。腕を掴まれその手を弾き、揉み合いになると一瞬で負ける。
俺の数秒間は無駄に終わった。背中は再び、床の上にトサッと。
「…………」
「お前はもう少し体重増やすか鍛えるかした方がいい。チョロすぎて心配になってくる」
「黙れクズ」
勝ち誇った顔で人の上にまたがる腹立たしい男を睨み上げた。俺がこの人に勝てるものなんて何もないのは知っているけど腕力ではさらに歯が立たない。
この流れでキスできる人が純粋なんてよくも抜かせたものだ。普段よりも若干強引に上から唇をむぐっとされた。
強奪でもするみたいな動作。逃げようとすると口をガプッと食われた。噛みつかれた。あんまりだ。なのにたいした抵抗もせずに結局受け入れてしまうのは、奪うような強引さはあっても、強制的な雰囲気は感じないから。
荒っぽいけど、無理にはしてこない。噛むと言ってもほとんど甘噛み。噛みつかれたそこは丁寧に舐められ、すぐに優しいだけのキスになる。
やわらかく啄んでくる感触はぞわぞわとしてくすぐったい。舌先だけゆっくり撫で合わせ、唇と唇の間には微かな隙間をふっと作られた。
「……は、っ……も……しつこい……」
「満更でもねえって顔してよく言う」
誰がそんな顔するか。顔面は確かに熱いが。
それを絶対に分かっていながら容赦なくもう一度してこようとする。焦らすように距離を縮められて唇が触れる寸前、視線だけふいっと、横に逸らした。
目を逸らす俺の頬を包み込んだのはこの人の手のひら。ほっぺたを静かに撫でられ、せっかく逸らした目は覗き込まれた。
逃げる必要はそもそもないのだろう。それくらいちゃんと知ってる。付き合う前から俺が抱いていた印象はきっと間違っていない。
言うことはクズだし、考えもクズだけど。この人は、ひどいことはしない。
「分かってる」
経験値ゼロな俺のペースに瀬名さんはずっと合わせてきた。切羽詰まっていると言いながら、今日も最後は俺に合わせる。
「キスだけ」
そう言ってそっと、重なる。やわらかく。荒っぽさはもうそこになかった。力だって強いんだからやろうと思えばいくらでも、好きなようにできるはずなのに。
甘やかされる。いつもそうだ。この人とするこれは気持ちいい。これにだけはすっかり慣らされた。受け入れる事にもとっくに慣れて、受け入れたいと心底思うから、時々この人の真似をする。
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