瀬名って名前のクズ教官

4/8
前へ
/1409ページ
次へ
 下からその背に腕を伸ばした。唇をこすり合わせながら両腕でこの人の体を抱き寄せ、間にある邪魔な距離はゼロに。どうせキスするなら近い方がいい。  この人の唇は薄いのにやわらかい。男の人だけどすごく色っぽい。  何度も重ねた。ゆっくり啄む。こうやってこすれるの、気持ちいい。  俺がこうすると瀬名さんは喜ぶ。それを知っているからしたくなる。この人を抱きしめて舌を絡めて、撫でればもっと、キスされる。 「ん、ふ……」  しつこいくらいにくっついた。欠片も取りこぼさないように。  頬には瀬名さんの手が触れる。耳元を大きく包み込んで、撫でてくる。ぞくぞくする。  瀬名さんとこうなるまでキスがこんなだとは知らなかった。舌先をちゅくっと吸われて、俺も同じことをして返した。離れる寸前の、最後の僅かな一瞬さえも、この人と重なっている感触を逃してしまうのはとても惜しい。 「ン……はぁ……」  湿った呼吸が口から漏れた。瀬名さんの呼吸も、同じように重なる。 「遥希……」  こういうキスを俺に毎晩教え込んできたこの大人は、少し前まではしなかった顔を最近よく見せてくる。  男の人だ。そうと実感させてくる顔。それをぼんやり下から見上げた。この人のこんな表情を、見られるとは思っていなかった。  その顔が俺の肩に埋まって、ぎゅっと強く抱きしめてくる。ひどいことは絶対にしない。ダメと言えば必ずやめる。年下のガキを尊重してくる包容力高めな大人は、ひとり言のように呟いた。 「……これで勃たせんなって方が無理だろ」  瞬間、ピキッと凍り付いた顔面。目を見開いた。口角は引きつる。余韻も見事一発で冷めた。  なんて言いやがったこの男。今度こそ全力でバッと押しのけた。瀬名さんの下から逃げるように這い出たのは俺の判断力が正常だからだ。 「最っ低」 「最低なのは俺じゃねえ。お前も男なら分かるはずだ」 「知るかクソがッ、寄るんじゃねえクズ。散れ。滅べ。朽ち果てろ変態」 「もう一度教えておいてやると俺も人並みに傷つくからな」 「あっち行けハゲ」 「ハゲは違う」  否定するのそこだけでいいのかよ。  俺が距離を取るとこの人が詰めてくるのは幾度となく経験させられてきた毎度お馴染みのイタチごっこだ。長細いモフモフになる気はないから今日は即座に腰を上げた。こんな所にはいられない。 「おい……待て待て待て待て、分かった悪かった怒るな」  たとえ内心で思っていたとしても言うべきでない事であれば口に出さないのがまともな大人だ。瀬名さんはまともぶってはいるけど割かし頭が狂っているから俺に平気でそういう事を言う。
/1409ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6504人が本棚に入れています
本棚に追加