男同士のセンシティブな問題

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「ヤレそうでヤレないんだよね」  はっきりと耳に入った。うどんを啜っていた手も思わず止まった。  学食のメニューで一番安いけどたいして美味くないワカメうどんにまっしぐらだった視線を上げて、そいつの顔を目に映す。ちょっと前までブラックバイトに疲弊させられていた同期の小宮山は今ではもうすっかり元気だ。 「簡単にいけると思ってたんだけど意外とガード固くてさ」  疲れ切って元気のなかった男が元気を取り戻すとどうなるか。バカなことを言ったりやったりして有り余る体力を消耗させるか、女の尻を追い始めるかだ。他にもいろいろあるだろうけど小宮山は尻を追うタイプだった。  その隣で牛丼を頬張っていた浩太もそういうタイプかどうかは知らないが、小宮山の発言に眉をひそめるような事もなく普通に受け応えている。 「すげえ軽そうって言ってなかった?」 「言ってた。外見はそんな感じだし」 「化粧濃くて露出度高めなんだっけ?」 「格好は完全に誘ってるんだよ」  そういうのは男の主観であって女の子的にはただ単にファッションを楽しんでいるだけだったりするから軽そうだなんだと勝手に判断してイケると思い込む男が悪い。って、瀬名さんがこの前言っていた。あの人には大学での出来事も時々話す。  小宮山が最近追いかけているのは単発のイベントスタッフバイトで知り合った同い年の女子らしい。少し前から時々話題にのぼるようになった子ではあるが、まだそんなこと続けていたのか。 「メシ代とかいつも全部持ってやってんでしょ?」 「うん、だってカッコつけたいじゃん。デートのためにバイト増やしたもん」 「マジか」 「投資だよ投資」 「そんな事してるからお前はブラックバイトなんかに捕まるんだ」  ごもっとも。バイト先に酷使された経験があっても小宮山は懲りない。  俺の横でカレーを黙々と食っていた岡崎も、これにはさすがに呆れたのかスプーンをカチャッと手放した。テーブルに行儀悪く肘をつき、水の入ったコップを持ちながら喋ったかと思えばこんなこと。 「でもさぁ、拒否ばっかしてくる女ってダルくない?」  ケホッと、小さくせき込んだ。ワカメが詰まる前に水で流し込む。  女のケツを追うのはやめろとか、貢いでもどうせ無駄に終わるだけだとか、その手のまともな忠告ではなく岡崎が言ったのは個人的感想。しかも結構なゴミクズ発言。  ダルいって。そりゃあんまりだろう。女の子はヤラせないでいると男にダルいなんて言われちゃうのか。 「岡崎お前分かってねえな。中身まで完全に軽い女よりああいう方が断然ハマるから」  意外とガードの固い女を擁護した小宮山に俺がホッとする。ところが隣からは岡崎の視線が。自分の仲間を増やしたいこいつは、なあ、と同意を求めてきた。やめろ。  継続的に拒否し続けてヤラせない女はダルいか否か。  イエスともノートも強くは言い難い。曖昧な角度で首をかしげて控えめにズズッとうどんをすすった。  昼前後の講義がこいつらと被っているときは大抵一緒に学食に来るから今日も流れでそうなったのだが、とりあえず早々に腰を上げたい。聞いているような聞いていないようなフリをしながらどんぶりを持ち上げ、スゲエ腹減っていそうな人をそれとなく装った。 「その子そんな可愛いの?」  俺がそうしている間にも話はどんどん進んでいく。岡崎の興味の行方はその女子の顔の造作のようだ。単刀直入な質問を受けて小宮山は深くうなずいた。 「かわいい。欲を言えばもうちょっと化粧薄い方がいいけど。つーかスッピンの方が絶対かわいい」 「そう言ってて化粧落としたら別人だったりするかもよ」 「いや大丈夫。めちゃくちゃかわいかった」 「はっ?」  岡崎の驚いたような声。横にチラっと目を向けてみれば表情もそれに見合っていた。  口が半開きになった岡崎に代わり、なぜか一気に活気づいた浩太が小宮山にバッと詰め寄った。 「スッピン見たのっ?」 「見た見た。この前うち泊まったから」 「はあッ? それでなんもないとかなくない!?」 「だから言ってんじゃん。ヤレそうでヤレないって」  信じられないとでも言いたげな顔で浩太はまじまじと小宮山を見ている。ほとんど似たような状態の岡崎は食いかけのカレーを完全に放置していた。 「部屋まで来る女子……」 「めちゃくちゃ思わせ振りなだな」 「しかもスッピン可愛いんでしょ。やば」 「いや違うだろ、そこ逆だって。可愛い女子だから許されるんだよ。なあ小宮山?」  浩太の問いかけに小宮山はうんうんと当たり前のように頷いている。 「そうでもない感じの子だったらバイト増やしてまで奢んないだろ」  だよなっ。  浩太と岡崎の力強い返事は見事にぴったり同時だった。女が男をボロクソに言うのもこれでは無理もないような気がする。
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