男同士のセンシティブな問題

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 可愛い女子ならたとえバイトを増やしてでもデートで奢る。可愛い女子ならヤレなかろうが思わせ振りだろうが我慢する。  こいつらの言い分は分かりやすくてとことん単純な男の思考だ。立場としては同じ男だが、俺にはこの最低な話を適当に聞き流す事ができない。  これはもはや、他人事じゃない。グサグサとぶっ刺された挙句にアッパーでも食らった気分だ。  常々奢ってもらっている相手の部屋に泊まりに行くというのは思わせ振りな行為になるらしい。そんな常識は今日初めて知った。  目の前にいる浩太と小宮山と隣の岡崎をこっそり窺う。こいつらと顔を突き合わせていると小一時間に一回くらいは女の子の話題がだいたい出てくる。  ガツガツした男子学生だからだ。こいつらは尻を追うタイプだからだ。  でも。うん。大丈夫。あの大人はガツガツした男子学生とは全然違う。  内心ではハラハラしながら自分にそう言い聞かせた。しかしその三秒後には、いや待てよと思い直した。  ガツガツしていなくは、ない。あの人割かしガツガツしてる。どちらかと言うと人並み以上にガツガツしている節もある。  投資とか。ダルいとか。ヤレそうでヤレないとか思わせ振りとか。  こいつらが次々に繰り出してきたゴミくずワードが駆け巡る。同時に振り返るしかなかった。自分のしてきた言動を。  俺はここ数ヵ月の間、日々のメシ代をどうしているか。そんなの振り返るまでもない。瀬名さんが大体出してくれている。  ケーキとかプリンとかの美味いスイーツは。瀬名さんが全部買ってくれる。  その一方で俺があの人に日常的にしていることは。  部屋に上がり込む。ベッドの占領。キスはするけどその先は拒否。勃ったらしきことを言われただけで朽ち果てろ変態とまで言い放ち全身全霊で突っぱねて逃げる。  並べてみると結構ひどい。これってもしや、該当するのでは。ヤレそうでヤレないダルい奴ってのに俺は当てはまるんじゃないのか。  毎晩部屋に泊まるどころか夜は欠かさず一緒に寝ている。重なるだけのやつからエロいやつまであらゆるタイプのキスもする。けれどそれだけ。それでおしまい。それ以外のことは何もない。  タダ飯食らいも、ヤラせないのも、認められるのはどういう場合か。  こいつらが言うところによれば、それらは可愛い女子の特権。 「…………」  急にずっしり重くなったどんぶりをテーブルの上にコトリと置いた。硬直したまま視線だけ下げて見下ろしたのは自分の両手。  俺はどこも可愛くない。ていうかそもそも女子ですらない。  箸を持つ手は骨ばっている。女の子とは違って関節も目立つ。繊細さの欠片もないような健康だけが取り柄の男だ。  柔らかくもなければフワフワもしていないうえに投資させるだけ投資させておいてお返しがないなんて利回り悪すぎる。こういうのなんて言うんだっけ。  ああそうだ。割高だ。 「つーか小宮山さあ、なんでここんとこ昼メシ抜いてんの? ダイエット中?」 「ううん、節約中。欲しいバッグがあるんだって」 「お前それカモられてるよ」  カモ。  浩太が発したその一言に顔面の筋肉が死滅した。バッグもらうとカモってる感じになっちゃうらしい。それも知らなかった。そうなのか。  幸いにもバッグはもらったことがない。大学に持ってきているのはどこにでも売っているようなトートバッグだ。けれど出張土産だと言って高そうな万年筆をもらった事はある。  外出する度に左手首につけてくるこの時計は一体なんだ。あの人からのプレゼントだ。これもなかなかの投資額だ。  どうしよう。言葉が出ない。瀬名さんのことカモってた。しょうもねえ男子トークのおかげでようやく自分の悪事に気づいた。  決して散財するタイプの大人ではないはずだ。靴もスーツもいつも身に着けている物の質は良さそうだけど、あれはおそらく仕事上のマナー的なものだと思う。  つまらない見栄を張る人じゃないから基本的にはなんでもシンプル。家の中だって至って簡素で、自分にはほとんど金をかけない。  なのに、俺はあの人に何をしてきた。堅実な大人に何をさせた。  溜め息すら出せない状態でただただ呆然としていたら、ヤレそうでヤレない女の話に夢中になっていたはずの浩太がふと俺に目を向けた。  こいつはこういうとき真っ先に気がつく。意外と周りをよく見ている奴だ。  さっきからずっと俺が黙り込んでいるのが気になったようで、こっちに声をかけてきた。 「おーい、どしたハル。大丈夫?」 「喉にうどん詰まった?」  浩太と小宮山に聞かれてもまともな返事すらできない。岡崎に背中をパシパシさすられても大して反応できなかった。  うどんもワカメも詰まっていないが、別のものは詰まった気がする。
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