男同士のセンシティブな問題

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「はぁ……」  ウザいため息ばっかりつきすぎてそのうち呼吸困難になりそう。  ヒタリと壁に手をついた。上から降ってくるあったかい水と、その湯気によって目の前がぼやける。  あの人の、あの表情が浮かんだ。あれがどういう顔か分かる。  あれは欲情した男の顔だ。したいって、あの目がいつも言ってる。  嫌だなんて思わない。思うはずがない。あの人となら。キスがあれだけ気持ちいいんだから、その先を期待せずにはいられない。  今日はだめって、あと何回言えばいい。いつになったら明日が来るんだ。問題なのは俺じゃない。俺じゃなくて、瀬名さんだ。  あの人は俺で大丈夫なのか。だってこんな、普通の男と。  腹を覆っているのは筋肉で胸は当然ペタンコで硬くて、触ったって柔らかくもなんともない、つまらないだけの男の体だ。  明け透けなことを瀬名さんは言うけどあの人も男は初めてだろうし、実際本当に、できるのか。いざとなってみたらやっぱ無理だったってことも当然にあり得るんじゃないのか。  駄目なら駄目でそれでもいい。そういうのはなくても付き合える。ちゃんと一緒にいられるなら、あってもなくても、どっちでもいい。  だけどもし本当に駄目で、それで瀬名さんにガッカリされたら。こんなもんかと。やめときゃよかったって。溜め息の一つでもつかれたら。  あの人に幻滅なんてされたら、たぶん結構、立ち直れない。 「…………」  と言うか今の今まで一切の疑問も持たずに瀬名さんはそっちだと思っていたけど。  あの人って、そっちでいいんだよな。いわゆる、あれ、その。上とかそういう。  分かんないけど。できればここら辺のことは深く考えたくないんだけど。自分が下だとなんとなく思っていたのも最低に屈辱でしかないのだが。  隣にいれば腰に腕を回してくるし。抱きしめてくるし。くっついてくるし。隙あれば押し倒してくるし。首さらしてると甘噛みされるし。キスだっていつもあの人のリードだし。常に俺はされるがままで。  え、でも。いや、分からない。経験がなさ過ぎて判断材料もない。  突如浮上してきた上か下か問題。どっちなんだ。上なのか下なのか。  下品なあれこれが色々と浮かぶが、初めて疑問に思ってしまって湧いてきた不安はただ一つ。  逆だったらどうしよう。凄まじく自信が持てない。  無理だろ普通に。だって瀬名さんだ。完全無欠と言っても過言じゃないような男前を相手に、右も左も分からないガキがなんの役に立てるって言うんだ。  シャワーを頭からかぶりながら悶々と考え込んだ。次から次へとモヤモヤしながら脳内に浮かんでは消えていった。  なんとはなしに手を伸ばし、湯気でくもった鏡の表面を手のひらでキュッとこすった。卑猥な妄想に心がヘシ折れた間抜けで情けない自分の姿がぼんやりと映し出されている。  それを見てふと、我に返った。 「…………」  何を考えているんだ俺は。  クソすぎる。酷い気分だ。こんなに最悪なテンションもそうない。  なんとも言えない罪悪感を心の中にぎゅうぎゅうと押しこみ、最大限の何食わぬ顔で風呂から上がって部屋に戻った。  ベッドの前にはドライヤーを用意して待ち構えている瀬名さんの姿。そこからこいこいと手招きしてくる。突っ立ったままそれを見つめた。  この男の中に下心なんて本当に存在しているのかと疑いたくなってくるほど爽やか。青い空と白い雲と澄んだそよ風が似合いそう。柑橘系炭酸飲料のコマーシャルに出ていても不思議じゃない。 「おいで。風邪ひく」 「……はい」  しょうもないこと想像しちゃってごめんなさいって気分になった。
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