男同士のセンシティブな問題

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 よく、分かった。再認識した。学食で毎日女子の話をしているような男子学生が、こんなのに敵うはずがない。  この男はガツガツしているなんて、生易しいもんじゃなかった。 「おい、聞いてんのか。たった今お前の恋人がステキな発言かましたんだぞ」 「……きいてます」 「そうか。ならついでにもう一ついいこと教えてやる」  ショックでツッコミもままならない。この男がいい事と言うからにはほぼ間違いなくいい事ではない。  言わなくていいと拒否する前に、瀬名さんは喋り出していた。 「道義とか人間性を抜きにして男って奴を語るならな、下心全開で貢ぎまくった末に結局逃げられてヤレねえのは三流、無理に押し進めてヤルのが二流だ」 「……一流は?」 「恋人と愛を育んだうえで円滑に事を運ぶ」  くいっと、顎に手を添えられた。顔と視線を固定される。 「そうなったら了承を得るまでもねえ。相手の方からねだってくる」  小さなキスを再度、目元に。唇が触れるのに合わせて素直にまぶたを下げていた。それでまたゆっくり目を開いたら、しっかり捉えられている。 「お前がそうなるのは割とすぐ先の未来だ」  自信満々の予言とともに、最後は口にキスされた。  この人が俺に教えたキスのやり方は色々あるけど、こうやって喋りながらする軽いキスも嫌いじゃない。掠めるように重なった時には、大抵しっとり合わさるキスをその後にもう一度されるから。思った通り今も、そうなった。  形をなぞるようにしながら、唇がゆっくり離れていった。瀬名さんが言うところの愛を育む行為の中に、このキスも、入るのだろうか。 「俺とシたくてたまらねえと思わずにはいられねえようにさせてやる。せいぜい覚悟しておくんだな」 「……それはつまり自分が男として一流だって言ってます?」 「人がカッコつけてる時になんでそういうこと聞いてくんだよ。カッコつくもんも付かなくなるだろ」  激烈にカッコ悪くなった。 「お前のせいでムードがぶち壊しだ」 「だってなんかスゴイこと言ってくるから」 「もっとスゴイこと聞かされたくなかったら今後は俺の愛を第一に信じろ」  それを言われたらぐうの音も出ない。男友達の些細な一言で半日をすっかり無駄にした。  今まで俺がしてもらった事は、瀬名さんにとっては投資じゃなかった。  ダルいなんて欠片も思われていない。何せこの人は一流の男だ。相手の方からねだってくるのを目論むようなヤリ手の大人だ。 「遥希はもっとスレた性格してるだろうと思ってた」 「どういう意味ですか……」 「周りのダチの戯言ごときに惑わされるとは意外だってことだ。同期が横で何言っててもお前は適当に聞き流しそうだろ」 「それは……」  確かに、そう。普段だったら聞き流したはず。  あんなに根暗に考え込んだのは、悩みごとの対象になったのが他の誰かじゃなく、瀬名さんだったから。それ以外の何かだったならおそらくこうはならなかった。  この人と出会うまでの俺は、決してこんな愚図じゃなかった。つまらない事でしょっちゅう悩んで、些細な出来事ですぐ心配になる。  原因は何か。考えるまでもない。この男だ。瀬名さんだ。 「……全部あんたのせいですよ」 「お前のそういう所も嫌いじゃねえよ」  何やったって勝てないし。腹は立つのに、嫌な気はしないし。  全部お見通しのこの大人に、俺が勝てる日なんてくるのか。そのうちギャフンと言わせてやりたいが今のところはまだまだ無理そう。
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