恋の悩み

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 ベッドの上にちょこんと座らせたクマの頭をポフポフ撫でた。レースカーテンだけ閉めてある窓からは朝日の明るさが部屋に入ってくる。今日も一日綺麗に晴れそう。  手にしたのはカバンとキーケース。玄関に戻れば、瀬名さんが待っている。 「クマ雄をわざわざ行き来させる必要あるのか?」 「留守番です。あいつがいれば空き巣の侵入も防げるので」 「セキュリティシステムついてたのかクマ雄」  俺のテディベアは有能だ。  安心してトントンとスニーカーを履いた。 「なんでウソ子は俺の部屋に置いとくんだ?」 「彼女はあなたの部屋を守ってます」 「そうか。それは知らなかった」  先に廊下に出た瀬名さんは、当然のようにドア押さえて俺が出るのを待っていてくれる。  相変わらずの気の利いた行動。これをやれる日本人男性はなかなか存在しないと思うが、瀬名さんの場合はこれがデフォ。いつもながら恐ろしい。 「クマ雄はずっとそっち置いておけばいいんじゃねえのか。ウチに持ってきたりこっち戻したりめんどくせえだろ」 「なんですか、あいつらを永遠に引き離す気ですか。可哀想じゃないですか。あんた外道ですか」 「すまん。考えが足りてなかった」  異様に気の利く俺の恋人はノリのいい大人でもある。  ガチャリとドアの鍵を閉め、瀬名さんと二人で向かうのは階段。  瀬名さんの部屋を出て隣のウチに入って、クマをベッドに座らせてから用意済みのカバンを手に持ち、それからようやくマンションを出発。瀬名さんの言う通り面倒でまどろっこしい一連の流れでしかないのだが、これが定着してしまっているからなんとなく毎朝の習慣になっている。 「今日で試験終わりだろ?」 「ええ。でも最後が六時限目なんですよ」  マンション前の通りを並んで歩きながら、恒例の今日の連絡事項。決まっている予定があるときはいつもこのタイミングで話しておく。 「家着くの瀬名さんと同じくらいの時間になると思います。なので晩メシちょっと手抜きでも許してください」 「新婚っぽいセリフにグッときた」 「グッときてねえでちゃんと会話して」  今年度に俺が履修した科目は、前期も後期も四時限目までだった。講義と同じ曜日と時間で試験も行われるのが原則だが、今日は担当教授の都合で一つだけ時間変更になった科目がある。  六時限目が終わるのは十九時半過ぎ。テストの答案が早めに埋まって先に退出できたとしても、帰宅は二十時前くらいだろう。 「なんならどっか食いに行くか?」 「いえ、作ります。豆腐の賞味期限が今日までなんです」 「グッときた」 「普通の人と普通に話したい」  これは贅沢な望みではないはず。
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