恋の悩み

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***  試験期間中とその前の週の辺りは、図書館の利用率が通常よりも若干上がる。  普段より少しばかり人の多い図書館で、棚から棚へと歩きながら一人時間を潰していた。好みの分類の棚で足を止めては適当に本を手に取り、その場でパラパラ立ち読みしてから元の位置に戻してまた移動する。  それをしばらく繰り返したのち、列から列へとゆっくり歩き、奥の方の棚に差し掛かったところで見知った女の子の姿を捉えた。  ミキちゃんだ。めちゃくちゃ頑張って背伸びしながら、高いところに置いてある本に向かって限界まで腕を伸ばしている。  列の入り口からやや観察。三秒で気づいた。無理だろ、取れねえよ。  目当ての本を指先でちょいちょい引っ張り出そうとしているが、足元も手元もフルフルと不安定。本を引っ張り出せたとしても、あの様子だと降ってきた本を顔面に食らいかねない。  見ていられない。ミキちゃんの方に行く。その横から腕を伸ばした。  俺に気づいたミキちゃんも、そこでふっとこっちを見上げた。目当てと思しき分厚い本を棚から取って手渡してやる。 「ごめん。ありがとう」 「見てて危なっかしいよ。脚立使ったらいいのに、そこにあるんだから」 「あれちょっと重いんだよね。運ぶのもめんどくさいし」  この子は意外とこういう子だった。さっぱりした中身は見た目を裏切る。  今しがた手渡した本のタイトルと書式と装丁もめちゃくちゃ厳つい。漢字ばっかり十文字くらいが縦にビシッと入っている。なんの本だよ。読経でもすんのか。  左腕に抱えている二冊の本も分厚くてとっつきにくいタイトルだ。十代の女の子が自ら手を伸ばしそうな内容の本にはとても思えない。 「……それ全部読むの?」 「うん。春休み長いし」 「趣味シブすぎない?」 「読んでみると面白いんだよ。暇潰しにもなるしオススメ」 「へえ……」  この子とこうやって話すようになって、いかに自分が偏見に満ちた人間だったか思い知った。  ふわふわラテ系の権化かと思いきや全然そんな事はない。中身は見た目よりも小ざっぱりとして、自分をフッた男が相手だろうとよそよそしくなる訳でもなく、特に気にする素振りもなく。  そのためあれ以降もミキちゃんと気まずくなるような事は一切なかった。元は名前さえ知らなかったのに、むしろ今じゃいい友達だ。  あのあと学校で話しかけてきたのもミキちゃんの方からだったが、もしかしたら俺より男らしいかも。頭がよくて回転も速いし、話してみると面白い。  けれどもやっぱり、小さな女の子という事実に変わりはなくて。この見た目にそぐわない言動に少々びっくりさせられる事もしばしば。  図書館を出る頃にはミキちゃんが読みたい分厚い本は五冊になっていた。  それをトートバッグに入れて、右腕一本で持っている。さらに左手にもデカいバッグが。女子は荷物が多くて大変だ。 「……大丈夫? 本持とうか?」 「ううん、平気平気」  ふわふわラテ系なら持ってもらいそうだけどミキちゃんはここで大丈夫って言う。でも見た感じ、あんまり大丈夫そうじゃない。  講義室の白い扉だったら重くないからすぐに開く。しかし図書館のガラス扉は重い。本とバッグを抱えている女の子には不親切設計だ。  だから先に俺がドアに手を伸ばした。押し開いたまま、ミキちゃんを外に通す。 「ありがと」  にっこり。  たとえ中身はふわラテじゃなくても、この笑顔に大半の男はコロッといっちゃうんだろうな。
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