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気の利く男。そう言われた場合に俺が真っ先に思い浮かべるのは瀬名恭吾というサラリーマンだが、意外な所にもう一人いる。
浩太だ。こいつもそっち側の男だ。
「ひどくない?!」
「うん酷い、ほんとそう思う。エリちゃんなんも悪くないのにね」
「でしょう!? なのにあの店長いっつもあたしのこと目の敵にしてさ……ッ」
「分かる、いるいる、そういうオッサン。人のことはめっちゃ責めるのに自分にはすっげえ甘かったり」
「そうッ、そうなの!」
「ムカつくよなぁ。そんな奴の下でもずっと頑張っててエリちゃんは偉いよ。なあハル?」
「え? あ、うん」
急に振られて適当に頷く。詳細はほとんど聞いていなかった。分かるのはエリちゃんがキレていることだけ。
さっきからずっと喚き散らす勢いで激高している女の子の話に、浩太はうんうん相槌を打ちながら根気強く付き合っている。
浩太は優しい。誰にでも優しいけど特に女の子に優しい。
口は良く回るし調子はいいもののそれはつまり明るいってことで、話を聞くのも上手い奴だから女子の相談に乗ることもしばしば。
過去を振り返っても今現在も、俺は同期の女の子から相談を受けた事なんてない。仮に相談されても困る。浩太みたいな対応はできない。
こいつは女の子が望んでいることをいつもさり気なく与えてやれる。
クソの役にも立たないような上から目線のアドバイスではなく、女が男に求めているのは共感という名の優しさだ。と、これも瀬名さんが前に言っていた。
「浩太だけだよ、あたしの気持ち分かってくれるの」
「話くらいならいつだって聞くよ。溜め込んじゃうのって一番つらいでしょ」
「ありがとーっ。浩太いてくれてよかったぁ」
すげえ。ヒートアップしていた女の子をいつの間にか鎮めている。
最初のエリちゃんは幻だろうかと思うくらい今はにこやかだ。
バイト先の愚痴は楽しいお喋りにすっかり変化したようだ。キャハハっとエリちゃんの明るい声を聞いた。
その笑い声の次に聞いたのは、時間を区切るチャイムの音。
五時限目の試験が今始まった。変更がなかったらこれの前の時間で今期最後の試験を受け終え、俺は今ごろ帰るところだったはず。
浩太ももうすでに学校にいる必要はないと思うが、こいつはバイトか用事でもない限り講義の後も同期の誰かと話し込んでいることが多い。
完全に機嫌の直ったエリちゃんはだいぶ余裕もでてきたようだ。この曜日のこの時間に俺がここにいる事を不思議に思ったらしい。
「あれ。ハルはまだ試験残ってるんだっけ?」
「んー、そう次。六時限目」
「あ、時間変更になったって言ってたやつか。ダルいねぇ」
「ねえ」
大学生はみんな何かとだるい。
浩太だったらこんな些細なやり取りでさえもエリちゃんを楽しませられただろうが、俺は浩太じゃないから無理だ。
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