恋の悩み

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「瀬名さん、メシできましたけど……」  控えめに声を掛けつつ隣の部屋に顔を出した。さっきまでパソコンの画面を睨みつけていたはずの瀬名さんは、後ろのベッドに凭れかかって、静かに目を閉じている。 「…………」  うたた寝とは、珍しい。  疲れてんのかな。どうしよう。このまま起こさない方がいいのか。  音を立てないようにそろっと近付いた。どの時点で寝落ちたのだか、パソコンもすでにスリープ状態。  頭と背中をベッドに預けているこの人の、顔を凝視した。すっげえイケメン。  遠目で見てもいい男なのは盗撮の経験があるから知っている。  こんなに近くから見下ろしたって、溜め息が出そうなくらい、綺麗な人だ。 「瀬名さん……」  ごくごく小さく呼びかけた。起きないかどうか、確認するために。  それで目を開ける様子がなかったから、顔を近付けた。まつ毛、長ぇ。  俺だって男の子だし。  こんな時に数時間前の浩太の言葉がよみがえってくる。  好きな人が、目の前で寝ている。こんなにまじまじと瀬名さんの寝顔を見たことは今まで一度もなかった。  心臓がさっきからうるさい。その音にそそのかされるように、ベッドのふちに手をついた。  唇に目がいく。薄くて、綺麗な形のそこ。触るとやわらかいのも知っている。  重ねたら、気持ちいいことも。 「…………」  ギリギリまで近づいた。寸前で、キスを堪えた。  代わりに小さな溜め息が出てくる。  寝ている恋人に何をしようとしているんだ。罪悪感にかられながらベッドの上の毛布に腕を伸ばし、静かにそっと手繰り寄せた。  疲れているなら寝かせておこう。食事はあっため直せばいい。  そう思って毛布を掛けようとしたところ、パシッと、突如掴まれた右腕。 「っ……」  ハッと瀬名さんの顔を見たのと、その両目がパチッと開いたのは完全に同時だった。 「今のは俺を襲うチャンスだったろ」 「起きてっ……」 「途中で気づいた」  この、クソ狸が。 「路上教習中のお前がどこまで成長したか見守ろうかと思ってな。悪いが今のじゃハンコはやれない」  いらねえし。  ベッドに凭れていた姿勢を正し、機嫌よさげに座り直したこの人。薄くて軽いけどあったかい毛布を俺の手から掠め取ると、ベッドの上にモフっと戻した。 「こういうときは襲えよ」 「襲いませんよ」 「こっちは白雪姫モードで待ってた」 「なんですかそのモード」  本物の姫は自分を襲えなんて間違っても言い出さない。 「……起きたんならさっさと立ってください。メシできてます」  熱い顔面を俯かせながら瀬名さんをグイッと押しのけ、隣のキッチンに逃げつつ吐き捨てる。  寝かせておく必要がないならこっちとしてはちょうどいい。ご飯にラップをかける手間が減った。  ほっぺたはまだじんわり熱い。本当にもう、この人は。いちいち俺で遊ぶなよ。寸前で理性が勝ったのが救いだ。  一足先に席に着いた俺の前で、瀬名さんもゆったり腰を下ろした。 「賞味期限が今日までの豆腐は始末できたか」 「味噌汁にぶち込んであるんで今からあなたが始末するんですよ」 「グッときた」 「会話して」  なんだったらグッと来ないんだ。
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