恋の悩み

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 だいたいなんで俺達がこんな事でケンカしなきゃならないんだ。危うく掴み合いになるところだ。  お互いに自分を落ち着け、変なところで大人げない大人は再びカップに手を伸ばした。  戦意喪失を表すように、熱いお茶に口を付けて一息。 「……だがまあ正直、もしもあの女がいなかったら現時点でお前と付き合えてた自信はねえな」 「なんでしたっけ俺。難攻不落の山?」 「あの頃はエベレストって感じだった。今はK2って感じだ」 「分かりにくいんですよ、あなたの例え方」  ケーツーってどこの山だろう。 「いっそのことお前がその二人をくっ付けてやればいい。そうすりゃ不安要素も一つ減る」 「俺ってもしかして信用ないですか?」 「信用してないとは言ってない。お前を押し倒すのは呆れるほど簡単だってことを知ってるだけだ」 「あんたは力が強いからだよッ」  せっかく無血で終戦したのに余計な一言でまたカチンとくる。  俺だって何も好き好んで押し倒されている訳じゃない。俺の方がデカくて俺の方が腕力があって俺の方が有利ならば、こんな男なぎ払っている。 「あなたみたいな馬鹿力じゃなければ抵抗も防御も余裕でできます」 「か弱い女子に抱きつかれておいてどの口がほざいてんだ」  こんなに無礼でネチネチした大人はこの男の他に見たことがない。  顔面にお茶ぶっかけてやろうかなってちょっとだけ思った。けれどその前に瀬名さんが動いている。  思い立ったように腰を上げ、俺を立たせて隣の寝室へ。 「……なんですか」 「まあまあまあ」  何がまあまあまあだ。  腕を引かれるままついて行ったらベッドの前で立たされた。そこで唐突にされたのは、キス。ビックリさせられたその直後。 「わっ……」  バフッと真後ろに押し倒された。 「ッ……んだよ!」 「ほら見ろ、簡単に押し倒せる」  布団がクッションになったとはいえ、背中に柔らかい衝撃は受けた。これが恋人にする仕打ちか。  堂々と乗っかってくる男を憎たらしく睨み上げた。  この顔のまたイラつくこと。勝ち誇った様子で見下ろしてくる。  大人げない。やり方もセコい。だから言っただろって眼差しを人に向けてくるのはやめろ。 「……俺じゃなくたって不意打ちされたら身構えてる暇ないじゃないですか」 「はっ。何が不意打ちだ。俺らさっきまで隣にいたんだぞ。それをホイホイとここまで連れてこられた挙げ句に現状はこのザマだ。こんなんじゃ食ってくださいと言ってるようなもんだろ」  腹立つ。なんだこの男。腹っ立つ。  ぐいっと押しのけながら上体を起こした。防御できないのは俺のせいじゃない。この人の行動がいつも突然だからだ。  分からせてやる。それがいい。  決意してその両肩をガシッと掴んだ。押し倒してザマア見ろと上から目線で言ってやるために。  が、なぜか全然倒れない。倒れないどころか、動かせもしない。 「…………」 「どうした?」  バカにしたような薄笑い。こんな間近で向かい合っているうえ結構強めに押したつもりなのに、全くピクリともしなかった。  もう一回ぐっと力をこめる。今度はかなり本気で押してる。なのにこの人、体幹の良さが尋常じゃない。 「…………倒れろよッ」 「なに威張ってんだ」 「ちょっと傾いてみるとかくらいしてくれてもいいじゃないですかっ」 「言ってて虚しくなんねえか」  クレーマー発言も鼻で笑われただけで終わる。  惨敗だ。なんという屈辱。このままじゃ瀬名恭吾を見下せる日が俺には一生やって来ない。 「なんでだ……」 「これは素質の問題だと思う」 「……あ、そっか。寝技の習得すればいいんだ」 「脳ミソ筋肉なのかお前。それよりもまずは色気を覚えろ」  そんなもん誰が覚えるか。
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