エロいバイト

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 大げさに傷付いて見せる男の鬱陶しいこと。  さっきまでとは打って変わってアンハッピーな溜め息をついている。 「……教えてるガキは中二だったか」 「来年度から中二になる子です」 「思春期真っただ中じゃねえか。ヤンキーかオタクのどっちかに分岐する時期でもある」 「何その二択」  中間どこいった。 「詳細聞いてなかったんだが……男か?」 「あなたに言っておく必要もそもそもないとは思うんですけど、男ですよ。マコトくんって言います。ヤンキーにもオタクにもなりそうな様子は今のところありません」  年相応にちゃんとした良い子だ。マコトくんのお母さんも優しそうな人だ。  週に一度勉強を教えに行くだけの間柄だが、初めての家庭教師バイトの訪問先があのお宅で良かった。  そういう良好な関係性を築き始めていると言うのに、この男はことごとくケチをつけてくる。 「中二男子か……」 「何もう。何が不満」 「中二の男と言ったらお前、エロいことにばかり興味がわいて頭の中は四六時中真っピンクな時期でもあるだろ」 「どんな偏見」 「俺の大事な恋人が性的な目で見られるかもしれない」 「あなたの言うこと全部真に受けてたら怖くて外歩けなくなるでしょうね」  中学生の男の子相手におかしな被害妄想を膨らませるな。この人の頭の中こそよっぽど中学二年生だ。 「お前の貞操が心配になってきた」 「無用です」 「そんなエロいバイトは今すぐ辞めちまえ」 「これ以上堅実なバイトないですよ」  犯罪とは無縁中の無縁。変な粉を運ぶこともなければ、どこの誰とも知らない人から金を受け取りに行くこともない。  臨床試験で体を張ったり高層ビルの窓を拭いたり、合法的ながら一歩間違えば死んじゃうかもしれない仕事とも違う。  数ある危険なバイトと比べて家庭教師はおおよそ平和だ。  現在の訪問先は一箇所だけで週一の二時間だから、月収としてはたいして稼げないけど時給が高いのもやはり魅力的。  誰が辞めるか。成績上がるように頑張ろうねってマコトくんとお母さんとも初日に約束したばっかりだ。  毎回しっかり宿題もやってくれる子との約束を反故にはできない。  こんな真っ当なバイトなのに。出勤前ににゃーにゃーにゃーとか言い出す男にロクな奴はいない。 「……よくよく考えてみると家庭教師ってエロすぎねえか」  げんなりする。人が真面目にやってるバイトでよこしまな想像しやがって。  アホなことを抜かしながらまじまじと俺の顔を見るな。 「一個もエロいことありません。そんな事より会社行く時間過ぎてますよ」 「会社なんかどうでもいい」 「良くないでしょ」 「クソガキの面倒見てやるくらいなら俺に教えて遥希先生」 「…………」  バカなのか、このおっさんは。形が変わりそうなほど顔をしかめた。  朝から疲れ果てている俺にはお構いなしで、お前もノッて来いと目で訴えてくる。  なんでこんなにテンション高いんだ。構ってやらないとやめそうにないし。 「…………何が知りたいんですか瀬名くん」 「保健体育」  バカじゃねえ。クソだ。 「担当外です」 「担当しろよ。保健は中学生男子が喜ぶ辺りの項目だけで構わない。それを体育で実践してほしい」 「バカ。もうバカ。ほんっとバカ。クソ野郎」 「好きなだけ罵っていいから担当してくれたら倍払う」 「あんたがそういう発言するとおかしな感じになるんでヤメテ」  俺がやっているバイトはアダルト系のサービス業じゃない。 「朝っぱらから気持ち悪いこと言ってないでさっさと仕事行ってください。ほんとに遅れますってば」 「帰ったら家庭教師ゴッコしような」 「しません」 「教科書の代用になるもの買ってくる」 「何買う気ですか、やめろっ」  こっちはトリハダが止まらない。  人をアンハッピーにさせて自分だけハッピーに戻ったおっさんは、楽しそうに部屋を出て行った。  夜になって帰ってきた瀬名さんが何を買ってきたかは思い出したくない。
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