にゃーにゃーにゃー前夜

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「さっさと帰ったらどうだ。蹴られるんだろ」  なんとしても追い出したいようだ。  露骨に帰れと言う瀬名さんを、二条さんは一度くるっと振り返った。けれどすぐにまた前に向き直り、何も言わずに盛りつけ再開。 「そうだハルくん、今度来るときアジ持ってくるよ。三枚おろしの練習したいって言ってたよね?」 「あ、そうなんですよありがとうどざいます。自分でやるとどうしてもぐっちゃぐちゃになっちゃうんで」 「大丈夫。俺に任せて。絶対に誰でもできるようになるから」 「すげえ頼もしい。助かります」  瀬名さんをガン無視して二人だけで盛り上がる。  大人げない大人がそんな状況に耐えきれるはずもなく、テーブルから俺に呼び掛けてきた。 「……遥希」 「なんです」 「お前、俺との練習は嫌がるよな」 「あんたのは練習とかじゃないんですよ。今やめてその話」  二条さん横にいるんだから。 「俺には懐かねえくせしてなんで隆仁には懐くんだ」 「二条さんはためになることたくさん教えてくれます」 「俺だってお前の役に立てる」 「じゃあ俺にアジの三枚おろしのやり方実践付きで教えられますか?」 「…………」  それなりの打撃になったよだ。瀬名さんは黙り込んだ。  魚をさばいたこともない男が偉そうな口を叩くな。 「それと言ってなかったんですけど、あなたが前にベタ褒めしながら綺麗に食い切ったタラのクリーム煮は二条さんが作ってくれたやつです」 「……あ?」 「あの日も来てくれてたんですよ。瀬名さんが帰ってくる前に」  先々週の水曜だった。俺が試験期間中だと知ると、大変でしょと言って駆けつけてくれた。  その翌日の木曜日にはちょっと心配な科目が控えていたから、二条さんが調理をしている間に対策できたのはありがたかった。  そうして作ってもらったタラのクリーム煮。とても美味かった。絶品だった。  それは瀬名さんも同じだったようで、間違いなく普段よりも食いっぷりが良くなっていた。  二週間越しの暴露を受けて瀬名さんが怪訝に睨む相手は、俺ではなくて二条さん。  後ろに顔を向けた二条さんは、その視線をにこやかに受け止めている。 「いやあ、嬉しいよ恭吾。俺が愛情込めて作ったゴハンをそんなに気に入ってくれるなんて」 「…………」 「何も言わずに食わせてやってってハルくんに頼んで正解だった。ほら、俺が作ったって言うとお前さ。食わないから」  アハハとおちょくる態で笑う二条さんは、実際におちょくっているのだろう。めちゃくちゃおちょくられている瀬名さんは俺にじっとり視線を移した。 「……遥希……前に言ったよな。こいつには関わるなと。思いっきり関わってる上に結託してどうする」 「いいじゃないですか、美味いメシ作ってくれたんですし」 「タラのクリーム煮食ってる俺をお前はどういう気持ちで見てたんだ」 「瀬名さんは二条さんの作る料理が大好きなんだなって思いながら見てました」 「…………」  苛立ちをぶつけるべき対象を確定するのに瀬名さんは忙しそう。  最終的には二条さんを睨んだ。 「俺の遥希をそそのかすな」 「思い通りにいかない事を人のせいにするのは良くないよ」  ド正論。 「だいたい懐くとかそういう言い方もさぁ、ハルくんは犬猫じゃないんだから。もっと恋人を大事にしなきゃ」 「うるせえ、帰れ。もう二度と来るな」 「そうやって照れちゃって。俺のこと大好きなくせに」 「ブチ殺すぞテメエこのクズ」  瀬名さんがスゲエ口悪い。
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