にゃーにゃーにゃー前夜

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 という出来事が三日前にあったものだから、昨日も一昨日も帰宅直後の瀬名さんは警戒心バリバリだった。  そしてそれは土曜日になった今日もまだ続いているようで、バイトから帰ってきた俺が飯の用意をしている最中に外出先から戻ったこの人は、玄関から室内を慎重に窺って危険がないか確認していた。  自分の家の中に入っても、しばらくはピリピリしている。瀬名さんがようやく肩の力を抜くことができるのは、ダイニングと寝室とトイレと風呂場を隅々まで調査したあと。  人間不信の猫みたいだ。いくらなんでもゴミ箱の中に二条さんは隠れていない。  今日はとうとうベランダまで確認してからようやく満足したらしきこの人。  こっちもちょうどメシが出来上がるところだからタイミング的には悪くない。  少しして一緒についた食卓には代わり映えのないメニューを並べてある。  今後アジの三枚おろしを使ったフライとか蒲焼きとかを並べた時には、二条さんを思い出した瀬名さんが顔をしかめるのを想像できる。忘れた頃に出してやろう。 「……自宅なのに落ち着かない。隆仁除けの護符でも貼ればいいのか」 「二条さんは怨霊じゃないんですから」 「似たようなもんだ。あいつが現れるとロクな目に遭わねえ」 「最近は奥さんとも喧嘩してないって言ってましたよ」  十五万円の鍋の件も三十万円のブランドバッグの購入と引き換えに許されたらしい。おかげで二条さんのお小遣いは月々一万五千円になったそうだ。以前は二万円だったそうだ。  二条さんの状況にはさして興味がないようで、学校のダチの話だろうとバイト先の変な客の話だろうと、いつもならちゃんと聞いてくれる人が今はとても素っ気ない。  残っていたキャベツと白菜と玉ねぎを適当にぶった切って煮込んだ何かを、文句も言わずに黙々と食っていた。 「あんな野郎が作ったもんよりお前のメシのが断然美味い」 「この前はクリーム煮食いながらこの世で一番うまいとか言って褒め称えてたじゃないですか」 「あの日は味覚がどうかしていた」 「はいはい」 「本当だ。舌が狂ってた。たぶん四十度くらい熱があった」  子供の言い訳か。  十時から十六時まで花屋で重労働をしてきて、それなりに疲れが残っているからつっこんでやるのも煩わしい。  買い物には寄らず家に帰って来て、それからすぐに冷蔵庫を開けて、ある物だけで適当に作り始めたから今日はいつもより早めの夕食だ。 「俺にはこういう庶民の食い物しか作れないですけど」 「お前の料理最高だろ。あり合わせでパパッと作れる奴が一番すごい」 「二条さんのは?」 「あいつの作るメシは気取ってる」  どういうことだか分からないけど瀬名さんが素直じゃないのは分かる。  この前のタラのクリーム煮だって普段よりも気持ち高級な家庭料理って感じだった。二条さんが作ってくれるものは決して気取ったゴハンではない。
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