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俺のメシが一番だと言い張る瀬名さんはもちろん残さず夕食を平らげた。
何を作っても美味いと言ってもらえるのは純粋にありがたい。でもせっかくならもっと極めたい。
得意料理はこれってものを一つくらい持っていた方が格好も付く。
来週はハンバーグでも作ろう。適当にブロッコリーだけ茹でるんじゃなくて、定番のニンジンのグラッセも添えよう。
意気込みとともにザバッと浴槽から上がった。二条さんのクリーム煮の時にも負けないくらいの食いっぷりをあの男に披露させてやる。
洗面台の鏡の前で、自分の顔と見つめ合った。瀬名さんといるとこの顔は日に日に甘ったれていく気がする。
いつだって本当になんでも美味いと言ってくるから、そもそも俺はあの人の食の好みというものを詳しくは知らない。
食べられなくはないものの、甘いお菓子はそんなに好きじゃない。それ以外には特に好き嫌いもない。
それでも時たまリクエストを要求すると、返ってくる答えはオムライスとかグラタンとかの可愛らしいメニュー。
クリームシチューも好きらしいから、もしかすると洋食が好きなのかもしれない。
だったらハンバーグも好きだろう。ロールキャベツ作っても喜ぶかな。
「…………クソっ」
その時鏡の中に発見したのは、恋人の食の好みをあれこれ考える自分の顔だった。
負けた気分だ。どうしてこうなる。こんなはずじゃなかったのに。
自分で自分の顔に向かって苦々しく舌打ちし、鏡から目を逸らして複雑な気分で脱衣所から出た。
頭をタオルでガシガシしながら寝室に戻ってみると、今度は理科の実験をしている社会人男性を発見した。
「……何してんです?」
テーブルの上には茶色の小さな遮光瓶。その隣にはホホバオイルと書かれてある透明の容器が。
ちっちゃいビーカーみたいなガラスのコップには、オイルと思われる液体が半分より少ない程度入っていた。それを細いガラス棒でカラカラと掻き混ぜているサラリーマン。
なんてシュールな光景だろう。
その隣に座り込んだ俺に、ガラスの棒を持ちながら瀬名さんが淡々と答えた。
「お前を気持ちよくさせるためのヌルヌルした液体を念入りに混ぜてる」
「…………」
「そんなあからさまにヒクことねえだろ。大丈夫だ、変なモンじゃねえ。これはただの…………待て待てオイ止まれ戻って来い、ただのマッサージオイルだ、その辺の雑貨屋で普通に売ってる。本当だ。そういうあれじゃない」
迷わず玄関に向かって逃げたら寝室に連れ戻された。どこまで最低なんだこの男。
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