にゃーにゃーにゃー前夜

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 絶望している間に右手を包まれた。  指を互い違いに絡めて、繋がれる。くちゅっと、また音が立つ。  今度はお互いの人差し指から小指までを絡めたまま、この人の親指が手のひらの上をヌルヌルと円を描いて撫でている。  他よりもいくらか肉の盛り上がった柔らかい親指の付け根と、小指の下の辺りは特に、丁寧に、念入りに。一度押して、力を緩めて、擦り付けるように揉みしだかれた。 「…………」  目を、逸らした。もうムリだ。これ以上は見ていられない。  これはただのマッサージオイルで、これは単なるハンドマッサージだが、いくらなんでも手つきがおかしい。  そんな見せつけるようにやる必要あるか。なんでそんなじれったい動き方するんだ。  瀬名さんはどう見ても笑いを堪えている。声にも顔にも出さないが。  俺の手をいじくり回して指先をゆっくり動かしながら、生命線の真ん中あたりを、カリッと爪で引っ掻いた。 「…………」  今のは絶対に必要ない。 「…………わざとですよね」 「何が」 「…………」 「何がだ?」 「…………」 「ん?」  顔が熱いのは分かっている。この人の肩がさっきから小刻みに揺れているのだって分かっている。 「……笑うな」 「年相応の想像力で悪くないと俺は思う」 「うるさい」  両手はなかなか解放されず。マッサージと称した淫猥な光景が目の前に広がっていた。  手のひらを下に向けさせられて、今度は手の甲が上に来る。  骨の一本一本。さらにその骨と骨の間の溝。一箇所ずつを瀬名さんの指先が辿っていく。  手首の方へヌルッと滑り、そこから再び指の付け根の方まで戻って、そうやって何度も往復しながらゆっくり執拗に肌が触れた。  指づかいはやっぱり、かなり卑猥。 「……あなたがもしマッサージ師だったらセクハラで訴えられてますよ」 「お前が訴えなきゃ問題ない。俺の手は遥希専用だ」 「なんかヤダなその言い方……」 「今度は何を想像した」  最後にキュッと指先を撫でて、瀬名さんの手が離れていった。  洗濯済みの綺麗なタオルを持ってくるとそれを俺の手にかぶせ、拭かれる。優しく、ポンポンと。  入念に揉み込まれた俺の手は、指の先まであったかい。 「花屋のバイトのあとは毎回やってやる」 「…………」  明らかに血行が良くなっているし、オイルで肌もしっとりだけど、これを毎回はあまりにもきつい。この一回だけで胸やけ気味だ。  げんなりした顔を隠さず見せた。瀬名さんは都合よく見ていない。  タオルをテーブルの上に置き、そこに散らばっている道具のお片づけを開始している。  エッセンシャルオイルの遮光瓶は小さな箱の中に戻された。  瓶自体はとても小さいけれど、中身はまだだいぶ残っていそうだった。 「ちなみにこのオイルは全身に使える」 「そうですか。俺は結構です」 「花屋はなかなかの重労働だろ。足腰にもかなりの負担がかかる。俺に任せろ」 「任せません」  こんな男にそんなこと任せたら何されるか分かったもんじゃない。
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