にゃーにゃーにゃー

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 ベッドの中でのんびり目覚めた。  真隣に瀬名さんはいなかったけど、そこにいるのはすぐに分かった。  瀬名さんはもう起きている。ベッドの傍で膝をつき、すぐ近くから俺を見ていた。  目覚めた俺がその顔を捉えると同時に、上から唇にされたのはキス。 「おはよう」 「……おはようございます」 「十九歳だな」 「……うん」  夕べのゼラニウムのいい香りが、まだ部屋の中を満たしている。  その匂いを嗅覚が察知した時、もう一回キスされた。 「おめでとう」 「……どうも……」  ありがとう、まで言葉は続かない。上から降ってくる眼差しがやわくて、つい言いそびれた。口は半開きのまま止まる。  なんでこの人はこんなに嬉しそうなんだろう。やわらかい目元と表情に、誘われるように布団から手を出した。その手は瀬名さんに握られる。 「卵をな、焼いた」 「……たまご?」 「ふわっとしたオムレツ作るつもりがスクランブルエッグになったが」  そこでフハッと、ふき出した。料理苦手な人あるあるだ。  器用な男が朝っぱらから不器用を発揮した話を聞いてようやく目もばっちり覚める。  オムレツだろうとスクランブルエッグだろうと食っちまえばどうせ卵だ。よっこいせと上体を起こし、俺のために瀬名さんが焼いたオムレツもどきを一緒に見に行った。  テーブルの上にはすでに爽やかな朝の風景が広がっている。  バターの匂いがちょっとばっかり強めな気のする炒り卵は、所々それとなく半熟でいい感じだったと思う。 ***  誕生日だから。たったそれだけの理由を盾にして朝から何かと甘やかされている。  食器を洗うのも瀬名さん。布団を干すのも瀬名さん。洗濯機を回すのも瀬名さん。  ちょっとした日常のあれこれに加えて、ことあるごとにやたらキスされた。チュッと。ほっぺたとか唇とかに。  午前中だけで何度やられたことか。途中で数え切れなくなったが、昼は瀬名さんが予約していた中華料理店に連れていかれたため記録の更新もいったん止まった。  そこのエビチリが最強に美味くてもう食えないってなる辺りまで食って、運動がてら街中を歩いてゆっくりブラブラしながら帰り、そして再び瀬名さんの部屋に。  玄関に入ってドアを閉めてその瞬間にまたチュってやられた。  俺だって今さらこの程度の触れ合いごときじゃ動じない。堂々とそう言い返したいけど、現実はかなりこっぱずかしい。  瀬名さんの表情がからかいではなくて、純粋に優しいから余計に。  こういう所がこの男はずるい。  こんなに嬉しそうな顔をされたら、どうしたらいいかもう、分からない。
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