にゃーにゃーにゃー

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***  恋人とイチャイチャするような男は自分とは違う生き物だと思っていた。  高校の時に初恋人ができた同じクラスの男友達は彼女命な野郎に成り果て、そこからは毎日のようにノロケを聞かされ、イチャイチャっぷりを見せつけられて、デレデレしっぱなしのそいつを前にして自分は決してこうはなれないとぼんやり思ったのを覚えている。  きっと俺はあの頃と変わっていない。しかし状況は変化した。  デレデレした野郎にはなりたくないが、甘ったるい男の感染力は強い。  まだもう少し時間があったからベッドの上でダラっとしていた。いつの間にか後ろから抱っこされていても、その腕の中からわざわざ自ら抜け出る理由は特になかった。  寄りかかる事には遠慮もクソもない。窮屈過ぎず安定感もありフィット感が最適だ。  人をダメにするとか言うソファーが一時期はやった記憶があるけど、この大人は俺をダメにする。 「なんか眠くなってきた……」  たらふく食ったエビチリが今になって効いてきた。行儀悪いけどごはんに乗っけてレンゲでモリモリかっ込んだのが良くなかったかもしれない。  眠い。後ろにぴったりくっついている瀬名さんの体温もちょうどいいし。部屋もあったかいし。いい匂いするし。  目を閉じたら三秒で寝られる。くたっとした状態で後ろの瀬名さんに全身でもたれかかった。  俺の体を支える両腕にはやんわりと力がこもり、包み込むように抱きしめられた。  腕の力がこれまたちょうどいい。絶妙な湯加減の温泉にでも浸かっている気分。もしくは羽毛でたっぷり満たされたプールにダイブしてふわふわ浮いているような。  気を抜いたらまぶたを下ろしそう。抜群の安心感だ。  そうやってウトウトしかけている俺を、この大人は後ろからそそのかしてくる。 「今日の家庭教師はお休みするといい」 「んー……休んじゃいたい気分ですけど眠いくらいで休めません」 「外は寒いぞ。ここならあったかい」 「知ってる。でも行きます」 「理科と数学のおさらいがそんなに大事か」 「大事ですよ。マコトくんの苦手科目ですから特に」  英語と国語は割と好きなようだが理科と数学は毛嫌いしている。  それでもなんとか問題を解こうとうんうん唸って頑張っている子を、睡魔を理由にして裏切れるわけがない。学年末のテストでは点数を上げたいと言って張り切っていた。  瀬名さんの腕の中でもぞっと動いた。それをこの人は邪魔するかのように、後ろから頭にキスで触れてくる。 「マコトくんやめて俺にしとけよ」  浮気のお誘いみたいなこと言われた。 「マコトくんは真面目なんです」 「お前のためなら俺も真面目な男になれる」 「あなたの真面目さじゃマコトくんの足元にも及びません」 「中学生に負けるとは思ってなかった」  マコトくんは将来有望な子だ。ハイスペックなイケメンにも勝てる。  瀬名さんの態度がずっとやわらかいから、何もかもが全部楽しい。こんなしょうもない些細なやり取りもクスクス笑えてきて抑えきれない。  俺がそうやって笑い出すと、この人はもっと嬉しそうにする。頭にもう一度キスされて、それでまた強く抱きしめられた。 「早く帰ってこい。ケーキの予約してある」 「そういうの先に言っちゃうんだ」 「泊まりでどっか行こうと予め言っておかなかったせいでバイト入れられちまったからな」 「根に持ちすぎじゃないですか?」  ネチネチしたところは健在だ。 「なんのケーキ?」 「それは秘密」 「俺一人でも食い切れるサイズ?」 「それも秘密」 「そこは食い切れるって言ってくださいよ」  瀬名さんは甘いものそんなに食えないんだから。  マコトくんの自宅はここから一駅のところでマンションの場所も駅のすぐそば。近場で通いやすいお宅でもあるが、さすがにそろそろ出かけないと約束の時間に遅れてしまう。  今度こそ瀬名さんの腕の中でごそごそ動いて向きを変えた。この人と体ごと向かい合う。その表情はやっぱり、やわらかい。 「……行かなきゃ」 「放したくない」 「マコトくんが俺を待ってます」 「強敵だな。そのうち倒す」  教えている子を倒されたら困るから瀬名さんの首に両腕を回した。唇にちゅっと、触れるだけのキスをする。  キスしながら徐々に離れた。けれど瀬名さんの左右の手だけは、最後の最後まで俺の腰をやんわり掴んで引き止めている。 「行くなよ。俺を置いていく気か?」 「いい大人なんだから留守番しててください」 「ウサギは淋しいと死ぬんだぞ」 「あなたのどこがウサギですか」  デマ情報でしかない噂を良くもそんなに堂々と。  本物のウサギは飼い主不在でもちゃんとお利口にお留守番できる。
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