彼氏の実家

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***  ひと口にガラス張りのバスルームと言ってもその中身は多種多様。部屋から丸見えのアーティスティックなスペースやら、実用性より見栄え重視型やら、高級志向でゴテゴテギラギラの装飾が施されているやら。  入浴しながらリビングのテレビを見たがるご家庭だったらどうしよう。本気で丸見えの危機を思って室内に通されるまでは不安だったが、招かれてみればそんなことはない。瀬名家はお風呂場も文句のつけようがないほど最上の空間だった。  おしゃれの追求は心地よい範囲内。プライバシーもしっかり保たれている。一面ガラス張りになっているのは浴室と脱衣スペースとを区切る部分であって風呂場自体はちゃんと独立していた。  風呂場のドアを開けると白を基調とした洗面台が目の前にくる。気取りすぎないシンプルなデザインで奥の浴室まで一気に見通せた。  所々のクリーム色が落ち着く淡さを出していて、視界を隔てる壁もない。そもそも広いスペースなのだろうが窮屈感とも全くの無縁だ。さらにバスタブの向こう側の壁には曇り一つない大窓がはまっていた。  瀬名さんから前に聞いていた通りそこからは梅の木が見える。昼間に洗面所を使わせてもらった時にはっきりと見た。初春の頃なら絶景だろう。  このお宅は緑が多い。表の庭にも梅があったのには気づいた。  その他にも背の高い樹木と、裏庭には圧迫感のない塀があるため、よその人の目が気になるような心配もしないで済む。極上の寛ぎタイムを過ごせること間違いなしの浴室だった。  余裕で足を伸ばして肩まで湯に浸かれるビッグサイズのバスタブの中で、開放感あふれるこの空間を独り占めして存分に楽しむ。  初めてお邪魔したお宅で厚かましくも風呂まで使わせてもらうことには服を脱ぐまで緊張しかなかった。しかしゆったりとしていて気取りすぎないこの環境は、肩の力を抜くのにもちょうどいい。  綺麗なのは天井までもか。ポチャッと湯船に浸かりながら上を見上げてしみじみ思う。  五年前にリフォームしたと言っていたよな。五年経ってもこんなにピカピカ。瀬名さんのきちんとしたあの性格も、実家がこれならばうなずける。  と思っていたら向こうで洗面所のドアが開いた。ガラスを隔てて瀬名さんと目が合う。  スタスタこっちまでやって来ると、浴室のドアもガチャッと開けた。 「湯加減はいかがだお客様」 「…………」  こいとこは全然きちんとしてない。なんでそんな威張ってんだろう。 「……なにしてんの」 「まあまあ」 「……どうしてしゃがむの」 「まあまあまあ」  バスタブの前でしゃがみ込んでお湯に手を突っ込んだこの人。湯加減を確かめるふりをしながらゆっくりと掻き混ぜて、ちょろっと外に出したその手で透明のお湯を肩にかけてくる。  最近はこれがいつものことだ。もう慣れた。こっちも恥じらいは捨てた。上から下までジロジロ見られるのも今更だしどうでもいい。  乳白色でも緑色でもオレンジ色でもない透明な湯の中、伸ばした足を組み替えてみたら思いっきりガン見された。最低。 「どうせ堂々と入ってくるんですからガラス張りだろうとなんだろうとあなたには関係ないじゃないですか」 「ガラス張りだと雰囲気が出る」 「普段となんも変わりませんよ」 「そういうホテルにでも来たと思って楽しめ」 「そういうホテルをよくご存じのようで」 「……本日は素敵なゲストをお呼びしている」 「話逸らしてんじゃねえよジジイ」  瀬名さんを睨みつけた俺の視界にはトトッと小さな影が入り込んだ。  ココさん。こっちに駆けてくる。ガラスドアの前で止まると、ちょこんとお座りして見つめてきた。 「家族の誰かが風呂入ってるとココは心配して見に来てくれる」 「かわいい」 「中に入るとビシャビシャにされると思ってるからあれ以上は来ねえけどな」  世の中の飼い猫さん達はだいたいみんなお風呂が嫌いだ。
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