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デザインにしてもプライバシー確保の度合いについても格段にセンスのいい風呂場だと思う。
それに加えて猫までついてくるのだからそういうホテルなんか到底敵わない。
「お前が出てくるまでそこでずっと待ってるぞ」
「ガラス張り最高」
「現金なやつだな。仕方ねえから俺も一緒に待っててやる」
「あんたはさっさと出てってください」
その要望は聞かなかったことにされて瀬名さんはここに居座った。
濡れるのも構わず腕を伸ばしてくる。案の定グレーがかったシャツははすぐさまジワリと色を変えていた。
「ココさんはちゃんと濡れないとこにいてお利口ですね。それに比べて飼い主の瀬名さんはビシャビシャじゃないですか。おバカなんですか」
「どうせなら一緒に入ってやってもいい」
「嫌ですよ」
「嫌ってことはねえだろ」
「ココが見てるもん」
「ウチの猫は空気が読める」
「猫にそんなもん読ませんな」
気ままだからこそ猫は可愛い。ガラスの向こうではこっちを見張りながらココが前足をペロペロしていた。
「……聞いてはいましたけど本当にガラス曇らないんですね」
「万全の対策を施してある」
おかげさまでココが一瞬自分のしっぽにビクッとなったお茶目な光景もバッチリ見られた。なんで猫って自分のしっぽに時々不意打ち食らわされるんだろう。かわいい。
お湯からポチャッと出した両腕をバスタブのふちの上に乗せて組んだ。ココの様子をのんびり眺める。ビシャビシャにされるお風呂は嫌いでも毛づくろいは念入りだ。
可愛い光景を観察しながら、優し気な指先を感じる。濡れた俺の前髪を、瀬名さんが梳くようにしてかきあげた。
撫でつけられ、頬に軽く寄せられた唇。チュッと触れるのに合わせて目を閉じた。そしてまた開いたその時、洗面所のドアからはもう一匹の素敵なゲストが。
「キキも来てくれるんだ」
「お前だからだろ。普段のキキなら意地でも来ない」
一瞬でのぼせそうなほど嬉しい。なんというこの優越感。
トコトコとこっちまで歩いてくると、ココの隣に寝そべったキキ。ココはキキにも毛づくろいをした。キキもお返しにココの顔をペロペロ。くつした模様の前足でココの頭をクイッと引き寄せ、モフモフ同士でくっつきながらグルーミングのやりっこが始まる。
お母さん猫はそれぞれ違ってもこの子たちは本物の姉妹だ。二匹ともお互いに愛情深い。
目を細めながらペロペロ舐め合う白黒と茶トラを眺めていると、体を包むちょうどいい湯加減も相まってこの上なくホッコリしてくる。それをこの男がぶち壊す。
「俺らもあれやるか」
「やりません」
「俺に舐めまわされるのお前好きだろ」
「さっさと出ていけこのどヘンタイ」
まだ濡れていない肩の辺りを適当にビチャッと押しやった。邪険にされたうえに遠慮なく濡らされたことの一体なにがおかしいのだか、瀬名さんは楽しそうに笑う。
「大好きなくせに素直じゃねえな」
「誰がいつどこでそんなことを言いましたか」
「遥希が毎回ベッドの上でそんな目をして誘ってくる」
「出てけッ」
とうとうバンバンぶっ叩いたがこの人はふはっと笑うだけ。
ほとんど曇らないガラス戸の向こうでは、フワフワでもふもふの和やかな二匹がまったりとじゃれ合っていた。
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