彼氏の実家

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「たぶんあと一分もしないくらいだ」 「はい?」 「あっちの方見とけ」  南西の空を指さされた。都会よりも星が良く見える。  こじつけみたいな星座の種類に俺は一つも詳しくないけど、黒いそこに浮かぶキラキラした光があちこちに散らばっているのは綺麗だ。  天体観測でもさせたかったのか。クッキーをサクッとかじりながら思いつつも瀬名さんと一緒に見上げ、少しすると突如、ピュウッと上がる。高い音とともに夜空に向けて放たれた白い線。  それを捉えた次の瞬間、ドンッと、鮮やかな火花が散った。 「わ……」  花火だ。最初の一発目に続いて次々と打ち上がる。真夏が終わる前の虫たちの声しか聞こえていなかったこの場所で、穏やかな静けさの中に大きな音を響かせた。  火薬の弾ける音のあとに来るのはカラフルな火花。丸く大きくドンッと開くと、チリチリと線を描きながら夜の空に紛れていく。そうやって一つが打ち上がる間に、一つまた一つと空を明るくさせた。 「すっげえ……」  鳴り止まない花火の音に交じって、口から勝手に零れている。  花火自体めずしくはなくとも、この距離で感じることは少ない。見栄えも音も、散っていく様子も、すぐそこにあるみたいに見える。 「穴場だろ?」 「ここかなり近い……?」 「割かしな。毎年この時季に河川敷でやってる」  二匹の猫も慣れているのだろう。これだけの音が鳴り響いていようと動じることもなく俺達のそばにいる。足元のキキをチラリと見下ろすと、落ち着いた様子で伏せをしていた。  ウッドデッキに出ている淡いライトよりも花火の方がずいぶんと明るい。バンッと大きな音が立つたび、周辺も一緒にまばゆくさせる。  半欠けのままになっていたクッキーをぱくりと口に放り込み、もごっと甘味を感じながら色とりどりの火花を見つめた。  綺麗だった。こんなにふうに間近から見つめるのはいつ振りか。夏という季節だから音が鳴っているのは時たま気づき、遠くの離れた空に描かれる花火を今年も何度か見たけど。  ちゃんとした花火見物をできるとは思っていなかった。うっかりすると口がアホっぽく開いてしまいそうになるから、合間に桃を口に運んだりクッキーを頬張ってみたり。食い意地だけは手放せないが、この目で見るのは奇跡みたいな夜空だ。 「なんか……」 「ああ」  ドンッドンッと音が続く。火薬の玉なのに恐怖とは対極。あれだけの美しいものを、人間は作り出してきた。  上に目を向けながらクッキーをまたポリポリかじり、呟き落とす。溜め息が出そう。それくらいにひどく綺麗で、それとあと、もうひとつ。 「今になってだんだん胃が重くなってきてんですよ。やっべぇ、さすがに食い過ぎた」 「お前のその色気のなさはいい加減どうにかなんねえのか」  クッキーをモゴモゴしながら胃の上あたりをポンポン叩く。呆れかえった声と目つきを瀬名さんは向けてきた。 「……食い過ぎたと言ってるそばからなんで桃に手を伸ばすんだ」 「こういうときはサッパリしたもの食った方がいいんです」 「こういうときは何も食わずにおとなしくして胃を休めろ」  それでも最後の桃は食った。クッキーは皿ごと没収された。 「俺のクッキーっ!!」 「うるせえ、お預けだ。もう明日にしろ。おとなしく花火見てなさい」 「サクサク感がなくなってたら俺はあなたを許しません」 「食い意地張ったクソガキのために密閉瓶に入れておいてやる」  シケらせない確約を取り付け、花火がパァンッとまた打ち上がる。  それを見物しながら上半身を微妙にユサユサ。ついでにもう一度腹をポンポンやったら隣で瀬名さんが苦笑した。
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