彼氏の実家

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「そんな言うほど食ってたか? いつもあれくらい普通に食うだろ」  うな重は松で頼んでくれた。ボリューミーで香ばしくて秘伝のタレも極上だった。その後はケーキも食った。 「昼に食ったのが今になって効いてきたんだと思います。天どん五杯いったんで」 「ご……」  瀬名さんが珍しく絶句。 「……エビがどうのっつってた意味が今分かった。何しに教習所行ってきたんだお前」 「美味い思い出がたくさんできました。梶くんもしょっちゅうお菓子くれたし」 「誰彼構わず餌付けされんな。つーかほんと誰だよ梶くん」 「ヤンキーっぽいけど優しくていい人」 「電話で言ってたヤンキーそいつか。完全に手懐けられてんじゃねえか」  お菓子をくれる人には下心のあるおじさんもたまに交じっているけど大体みんないい人だ。 「お前のせいで打ち上げ花火のいいムードが台無しだ」 「いやいや、いい感じです。最高ですよ。会場だったら人でごった返してゆっくり桃なんか食えません」 「食い物のことからいったん離れろ」  自宅からの花火見物のお供としてメジャーなのはスイカだろうけど意外に桃もマッチした。ひと口ふた口で食えるサイズにカットされていたから手も汚れない。  俺が桃好きであると覚えていた男による心配りの行き届いたおもてなしだ。そんな待遇を受けたからには存分に堪能するのがこちら側の礼儀。そうやって礼儀を返したところ、なんかちょっと疲れた顔をされた。 「なんだって花火見ててこういうことになるんだかな……」 「すんません」 「打ち上げ花火の何がいいってお前、隣で空見上げて恋人が喜んでる時にさり気なく手をにぎってドキッとさせるという一連のあれだろ」 「それ狙ってたの?」 「狙ってた」 「俺ずっと桃とクッキー食ってたから手なんか空きませんでしたよ」 「誤算だった」  桃とクッキー食ってて良かった。  喋りながらも音と光につられて自然と視線は上に向く。  何発も打ち上がっては丸く広がる花火玉。赤とか青とか緑とか黄色とか。白っぽいのとか、紫っぽいのとか。言い表すのが難しい色も。何色だろうと全部が綺麗。  打ち上がり、大きな夜空で開いて、火花を盛大に散らしながらほんの数秒でパラパラと消えていく。桜よりももっと短い命だ。その一瞬のためだけに大空へ飛び立ち、暗いその場所を明るくさせる。それをこの人と、俺は見ている。 「瀬名さん」 「うん?」  色気のねえクソガキが相手だろうと瀬名さんの声はいつも優しい。その声をちゃんと、俺に向けてくれる。 「……ありがとう」  実家に連れてきてくれたことも、三匹の家族に会わせてくれたことも。  こんな一言じゃ本当は足りない。瀬名さんのことだから花火はおそらく計画のうちだろうし、この計画を立てるということは俺を信じてくれた証拠であって、そういうのも含め、全部丸ごと。  桃は最後まで食い終わってクッキーは没収されたから、もう右手も空いている。  さり気なくそっと繋がれた。キュッとやわらかく握られて、同じように握り返した。  繋がる俺達の手を見ていたのは、空気を読める足元の猫たち。賢くて優しい二匹と一緒に、俺たちは打ち上がる花火を見つめた。  同じ場所から同じ物を見上げ、時間と体温を共有している。夏が終わるよりももう少し前の、とても大切な思い出ができた。
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