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「おはようございまぁす」
畳の香りに包まれながら、爆睡した。とてもいい眠りだった。
まだ若干ぽけっとした頭でリビングに入るとこれまたいい匂い。
「おはよう。朝メシできてるぞ」
「オムレツ?」
「オムレツ」
だろうな。バターの匂いだもん。
合宿中も何度か画面越しにオムレツの成果を見せびらかされた。一度できるようになったらそこで努力を止めることなく継続して高めていく男だから瀬名さんのオムレツは日々進化する。
「チーズ入りだ」
「やった」
卵とチーズをコラボさせて不味くなるはずがない。
瀬名さんのいるキッチンに向かうと小さい二匹がトコトコやってきた。足元に来たからしゃがんでモフる。黒い頭と茶トラの頭をそれぞれ交互によしよし撫でた。
「偉いなぁ、お前らは早起きで」
「そいつらはいつもそうだ。ココは特に朝から腹空かせて体当たりしてくる。寝てられやしねえよ」
「気持ち分かるよココ。メシは大事だもんな」
ココのお尻をポンポンするとしっぽでスルッと腕を撫でられた。メシの重要性について話し合うと異種間でもこんなに共感が芽生える。
「二匹とももう食べ終わりました?」
「ああ。かつおぶし美味そうに食ってたぞ」
「あ、ほんとですか? よかった」
「お前寝てるから夜にしようと思ったんだがテーブルにパック置いといたらキキがじっと見上げててな」
「分かるんだ。賢い」
「キキの視線でココも中身を食い物だと理解したらしくニャアニャア鳴いてせがまれた」
「賢い」
食い物の気配を察知できるのは生き物にとっての重要なスキルだ。左右の手でそれぞれモフモフしたら左右からスリスリして返された。
朝から至福を味わいながら、瀬名さんが作ってくれたオムレツプレートを持ってダイニングテーブルに移動した。
キキもココも人間が食べている物への興味はまあまああるようだけれど横からかっぱらっていくような真似はしない。俺達が食っているのをテーブルのそばからお行儀よく見上げていた。
「すっげえ見られる」
「遥希がちゃんと食ってるか見張ってるんだよ」
「ああ、そういうポジションなんだ。ほしいのかと思った」
「俺とは体格の違うお前を見て栄養状態を心配してる」
「悪かったな」
元水泳部で現役ジム通いの最強リーマンと比べられても到底勝ち目なんてない。
「うちに一週間くらい滞在してたら取っ捕まえてきたネズミをプレゼントされるかもな」
「俺そんな健康案じられてるんですか?」
「スズメかもしれない」
「やめてくださいよ」
ネズミもスズメも俺は食べない。にゃんこ的にはご厚意であってもそこまで野生的になれる自信はないから、チーズオムレツをもぐっと頬張ってちゃんと食っているのを二匹に見せつけた。
ふわふわの卵とバターの香りに交じって温かいチーズが口の中でとろっと。魚のしっぽの方は焦がすのにオムレツだけはメキメキ上達していく。極上のフワとろ食感だ。
「うま……」
「知ってる」
「店出せそう」
「それは飲食業界に転職して毎日オムレツを作ってほしいという遠回しなプロポーズか」
「違います」
「分かった、叶える。脱サラする」
「違うってば」
オムレツ一本で勝負するのは凄腕のプロでもなかなか厳しい。飲食業界をナメきっている男はパクリと上品にオムレツを食っていた。
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