瀬名家

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 食べきれる分だけ少々頂いて採れたて野菜のおやつを挟み、夕方になって少し風が出てきた頃に気分転換の散歩に出てきた。  途中通りかかった小さな神社でカランカランとお参りをして、遊具のあんまりない公園では古ぼけたブランコにキコキコ乗って、小学生の男の子三人がやってきたのでそそくさと譲り、そのあとは瀬名さんに促されるまま、太陽が傾いていく方向とは逆側にゆっくりと進んでいった。  知らない土地だからついついキョロキョロ。犬の散歩をしている人には途中二人ほどすれ違い、会釈すれば会釈で返してくれる。こんにちはーなんて言ってくれたおばちゃんには慌てて同じように言って返した。  少し先に坂道が見えてきたところで行き会ったのは野生の茶トラ猫。ここいらはフレンドリーな土地柄なんだと思ってニャアって言ったらガン無視された。隣で瀬名さんは笑ってた。  ネコ語のこんにちはをシカトした茶トラの後ろ姿をチラリと振り返る。ココとおんなじマルドラのにゃんこだ。全身茶色いシマシマ模様で毛色には白が入っていない。  可愛い毛玉を眺めながらなんとはなしに視線はケツにいき、しっぽの下で目がとまる。そこでふと、思い至った。 「……すげえ今さらですけど、女の子で茶トラ柄の猫ってココ以外に見たことないかもしれません」 「ああ。結構珍しいらしい。引き取ったあと獣医に言われた」  珍しいんだ。知らなかった。でも実際茶トラというと甘えん坊なオス猫のイメージ。今しがたすれ違ったヤツにもオスの証しがちゃんとついてた。  瀬名家のにゃんこは三姉妹だと最初から聞いていたから何も不思議に思わなかった。茶白のメスなら地元のノラ猫集団にもいたような記憶があるが、白が入っていないマルドラとなるとやっぱりココしか出会ったことがない。 「ココも元は保護猫なんですよね? 珍しい子だと希望者殺到したんじゃないですか?」 「いや、むしろあいつは最後まで残っちまってたって聞いた。施設側もあえて特徴的な紹介はしてなかったそうだ。レアな猫だからって理由で引き取ってほしくねえとかで」 「そっか……いいとこに保護されてたんですね」 「今でも定期的に譲渡会やってる」  ただ引き取り手が欲しいだけならレア猫アピールをした方が早い。珍しいものを人間は好むが、そこの施設はそうしなかった。  猫たちを公平に紹介しながら相性のいい飼い主を探して、現れてくれたのが瀬名さんのご両親。そうしてココも瀬名家の一員になった。猫はさすが縁を招くのもうまい。  オスの茶トラが平地を歩くのをここからそっと見送って、俺たち二人は坂を下った。  家の東側に位置するこの道。勾配はまあまあ緩やかであるものの、距離的には割かし長い。  それなりに高低差のありそうなルートを辿って下まで歩いてくると、一面に広がっているのは畑と田んぼ。水があり、そして土がある。  昼間の街中とは全く異なる環境だ。坂の上と坂の下とで雰囲気がガラリと変わる。のどかと言うのに正にふさわしく、カエルたちはずっとゲコゲコ言っている。  元気な鳴き声。たくさんいそう。雨が降ったら大合唱だろう。 「ここの田んぼ中にいるカエルを一ヵ所に集めてみたらまあまあグロいことになりそうですね」 「お前はまず情緒ってもんを知れ」 「超ミドリ」 「やめろ」 「たまに茶色が交じってる」 「やめてくれ」 「晩メシ何食べます?」 「マジかよ、このタイミングでか」  想像力豊かな瀬名さんはちょっと気分が悪そうになった。カエルはずっとゲコゲコ言ってた。
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