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いまだ両手をギュッと握られたまま困惑状態で瀬名さんを見る。瀬名さんは小刻みに首をフルフル。ご両親に俺の存在を一切話していないことはこの様子を見れば明らか。
なのにお父さんはこの反応だ。お母さんもずっとニコニコしている。
「恭吾が恋人をうちに連れて来たのは初めてなの。ねえ、ハグしていい? ハグしちゃダメ? え、だめ? 一回だけ。そうそう、一回。しちゃうね。うふふっ」
ほんわかと笑いながら力強くバッと抱きしめられた。雰囲気も喋り方もおっとりしているのになぜか口を挟む隙がない。
瀬名さんのお母さんはさっき、なんの躊躇いもなく恋人と言った。
呼ばれて飛んできた瀬名さんのお父さんもそのつもりで入ってきたはず。だがそこにいたのは俺だ。思いっきり男だ。どう見ても野郎だ。
生まれてこのかた女の子に間違えられたためしはない。だけど二人ともこの反応だ。
「来てくれてありがとう。本当に嬉しい」
「……ありがとうございます」
「ならば僕ともぜひ」
「え……」
お母さんに解放されるや否やお父さんにもバッとやられた。同性の恋人のご両親から初対面で熱くハグされた。
「素晴らしい日だよ」
「…………どうも、ありがとうございます」
そうとしか言えない。パンパンと背中を軽くたたかれた。そしてまたギュッとされた。
視線だけ瀬名さんに向けると心なしか呆れたような顔つき。自分の両親の行動を見ながら、混乱で口もきけない俺には落ち着けとでも言いたげな視線を無言のままそっと寄越してきた。
これが冷静でいられるか。こんなフランクな文化を俺は知らない。
ご両親のこの反応にほとんど呆然としていると、廊下の奥からココがカリカリドアを引っかくのがわずかに聞こえた。
にゃぁぁぁあっ、という妙に長い鳴き方でご両親もそれに気づいたらしい。瀬名さんのお母さんはドアの方を見て首をかしげた。
「ココちゃんはなんで閉じ込められてるの?」
「人聞き悪いこと言うな。遥希を帰らせたくなくて足下まとわりついてくるんだよ。キキなんかさっきまで玄関の前で座り込みしてた」
「あら珍しい」
お母さんの腕の中でキキはプイッと知らんふりした。
「ネコちゃんたちと遊んでくれてありがとうね」
「いえ、そんな……こちらこそ」
「ねえもうちょっとゆっくりしていったらどう? 水ようかん買ってきたの。それともお饅頭の方が好き?」
「あ……えっと……」
「こしあん派? 粒あん派? どっちもあるからどっちも食べて。水ようかんはすぐに冷やすから二時間くらい待っててちょうだいね」
「え……」
「とにかく中入りましょ。お話聞かせて。恭吾とはいつから付き合ってるの? 告白はどっちから?」
「あの……」
助けて。チラっと瀬名さんに顔を向けると俺の視線にすぐ応えた。
「あんまグイグイ詰めるなよ、困ってんだろ。それにもう帰らねえと」
「ちょっとくらいいいじゃない。まだ五分も話してないんだから」
「今度にしてくれ。俺たちは帰る。明日は朝から遥希の試験だ」
目の前では瀬名さんのお父さんが大量の荷物を持ち直していた。
重そうなそれらを軽々手にしながら話にも興味を持ったらしい。顔立ちが非常によく似た自分の息子に問いかけた。
「なんの試験だい?」
「運転免許」
「ああ、なるほどいいね。昔を思い出すよ。僕もマユちゃんを助手席に乗せてドライブすることだけを夢見て頑張った記憶がある。忘れもしないさ、二十五歳の時だ。あの日はとてもよく晴れていて…」
「その話はいい。百五十回は聞いた」
マユちゃんと呼ばれた瀬名さんのお母さんはふふっと嬉しそうな顔をしてその隣に寄り添った。
百五十回は聞かされているのもこのご夫婦ならばなんとなくうなずける。
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