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「さっきも誰の車かと思ったんだ。とうとう買ったのか?」
「いいや。レンタル」
「なんだ。しかしそれにしてもお前が運転してくるの珍しいな」
「遥希を教習所から連れてくるのに足が必要だった」
「あぁ、分かるよ。ワクワクするよな。かつては僕もデートのたびにマユちゃんを迎えに行くのが楽しくて楽しくて」
「その話もやめろ。聞き飽きた」
三十代の凛々しいイケメンとその親世代の落ち着いたイケメンが車の近くで並んで喋っている。
すごい迫力。絵面が神々しい。瀬名さんはお父さんそっくりだ。
三十年後くらいの瀬名さんはあんな感じになるんだろうな。思慮深そうで物腰はやわらか。落ち着きはらったその様子が知的な雰囲気を際立たせている。
瀬名さんも落ち着いた大人だけれど瀬名さんのお父さんはその上をゆく。年を重ねても衰えないのは本物の男前ならではの現象だ。
瀬名さんのお父さんとお母さんと、キキとココもみんな外に出てきた。
ご一家総出で見送ってくれる。キキとココは外に出てからずっと俺の足元に。
「お前たちはこっちにおいで。ハルキくんは帰らないとならない」
お父さんがココを抱き上げた。キキも同じように抱き寄せようとしたが、その手からはソソッと離れた。
俺の足と足の間に入ってきたキキは、スルッと身をこすり付けてきた。それを横から見ていたお母さんは柔らかい表情でふふっと。
「キキちゃんのこんな様子見たのは久しぶり」
「すみません……」
「とんでもない。この子達ともまた遊んでちょうだいね。ほら、おいでキキちゃん。あなたずいぶん元気そうになったんじゃない?」
お母さんという存在はやっぱりその家の頂点だ。やんわり伸びてきたその腕には抗わず、お母さんにおとなしく抱っこされたキキ。俺達が車に乗るのを腕の中からじっと見ていた。
ついさっき玄関先ではもう一度お二人からハグされた。
また来てね。今度はお部屋でお話しましょ。笑顔でそう言ってくれた。
今はココの前足をお父さんが持ち上げ、お母さんもキキの前足を持ち上げ、モフモフの家族たちにも揃ってバイバイされている。助手席の窓から顔を出し、瀬名家が視界から消えてしまうまでずっと後ろを振り返っていた。
敷地を左折したこの車はまっすぐ前に向かって進む。
半ば腑抜けたように座り直した。一気に静かだ。あそこは賑やかで、とてもあったかい場所だった。
それでも恋人のご両親な訳だから緊張するのは当然のこと。ガチガチだった体からはへにゃっと力が抜けていく。
ついでにうっかり漏れてきた溜め息。助手席の窓をウィーッと上げたら、瀬名さんの視線がチラリとこっちに向いた。
「悪かった」
「いえ……こちらこそ、あの……なんて言うか……」
瀬名家から遠ざかるにつれて一連の出来事がジワジワと浮かぶ。
今さらながら凄い状況だった。そのため言葉が見つからない。見つかっても多分うまく喋れない。
「初めてうちの家族を見た奴は大抵みんな放心するからその反応で合ってる。あの隆仁ですら呆然とさせた夫婦だ」
「二条さんが……」
「二度目からは完全に馴染んでたけどな」
さすが二条さん。
膝の上の大きな紙袋をカサッと大事に抱え直した。饅頭と水ようかんと野菜と米だそう。いろいろ詰めていただいてしまった。
大量のお土産を膝に抱えながら乗り心地のいい車のシートにもたれ、ぼんやり眺めるのはフロントガラスの向こう。街中に入る前のこの道には木々も多くて高い建物はない。
瀬名さんの故郷ともお別れだ。ここに来た実感はあるはずなのに、どこかでまだ現実味がない。
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