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「……俺印象悪かったかな」
「どうすりゃそう思えるんだよ。二人のあの反応見ただろ」
「だってあんな非常識な真似……。おうちの人になんの断りもなく勝手に上がり込んだ挙句に堂々と二泊も……」
「お前がどういうご家庭で育てられたかはだいたい分かった」
「お風呂までお借りした……野菜までとっちゃった……」
「存分にくつろいでもらえた方がウチとしては嬉しい」
「手土産の一つも持たずに……」
「落ち着け」
あらゆる非常識な行動の数々が今になって悔やまれる。けれど瀬名さんは気にするなと言う。
「猫のおやついっぱいくれただろ」
「あなたのご両親にですよ」
「二人ともかつおぶし見て喜んでた」
瀬名さんのお母さんにはありがとーって言いながら思いっきりハグされた。もうちょっと高級感のあるかつおぶしを買っていけばよかった。
「連れてったのは俺だ。お前にはなんの非もない。そもそもウチは昔から毎日のように来客がある。ガキの頃家に帰ると知らねえ奴が家族に交じってメシ食ってるなんてこともしょっちゅうだった」
「ずいぶんオープンなご家庭で……」
「あの夫婦だぞ。閉鎖的になる方がおかしい」
たしかに。
「とにかく何も心配しなくていい。お前を気に入ったのは猫だけじゃねえよ。どっちかって言うとすでに息子認定されてると思う」
それもちょっとどうかと思うが。
「また来てねって言ってもらっちゃった……」
「たぶん気づいてると思うが一応補足だけしておくけどな、あの二人に社交辞令って概念はない。すでに約束したつもりになってるから行かねえと向こうから突撃してくるぞ」
瀬名家ヤバいな。オープンとかそういう次元の話じゃない。自分の息子の隣人なのだから住所も分かっているだろうしな。
「……次はちゃんと手土産用意してご予定伺ってご訪問します」
「やめとけ。アポなしで行くべきだ」
「それこそ非常識野郎じゃないですか」
「親類友人呼びまくって盛大にお披露目会されるのが嫌じゃねえなら予告すればいい」
「…………」
瀬名家が本気でヤバイことは分かった。
「……異国にいるかのようです」
「よく言われる」
異国でもあそこまでの歓待は受けない。瀬名さんのご両親はニコニコと普通に俺を受け入れた。
あの環境が瀬名さんを作ったのか。広いのは家の面積だけじゃなかった。
瀬名恭吾は頭のおかしい社会人だとばかり思っていたが、ご両親にお会いしてようやく理解する。瀬名さんは普通の人だった。
未だに夢でも見ている気分だが、こんなことばっかりじゃないのは分かっている。あれはレアなケースだったはず。それでもやっぱり嬉しかった。恋人だと、認めてもらえた。
男であることも年齢についても一切の言及がなかったものだから、さすがにちょっと拍子抜けしている。当たり前みたいにハグされて、会えて嬉しい。そうとまで。
「大丈夫か」
「……はい」
「どっかでちょっと休んでくか?」
「……いえ」
予想外のことが立て続けに起こったから現実であるのにそんな気がしない。あんな形で対面するとはまさか思っていなかったけれど、瀬名さんがあの家でどう育ったのか、それは俺も少し分かった気がする。
「……はじめてだったんですか」
「うん?」
「家に……そういう相手、連れてったの」
瀬名さんのお母さんがそう言って笑っていた。恋人を連れて来たのは初めてって。
この人は俺よりずっと大人で、経験だってそりゃ豊富だろうし、俺の知らない過去の誰かを実家に招いたことがあっても何もおかしくはないだろうと。
思っていたけど、そうじゃなかったらし。彼女を連れて行ったことはない。
瀬名さんはしっかり前を見ながら、微かに目元を和らげた。
「お前だけだ」
とても、静かなその一言。膝の上でカサッと紙袋を抱えた。
改めてちゃんと挨拶に行こう。キキとココにもまたおやつを持っていこう。
密かに騒いで仕方ない心臓は、気づかなかったことにしておく。
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