はじめてのめんきょ

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 学科試験の結果はすでに出たから合格はもう確定している。それでもなんとなくそわそわしているが、そわそわしているとカッコ悪いので余裕ぶってベンチに腰かけていた。  付き添いで来てくれた隣の瀬名さんはどうせ俺のそわそわに気づいている。ここまで付いてこなくていいって言ったのに行くといって意地でも譲らず、この人も朝からずっと免許センターの中にいる。  市役所が色々待つのは知っている。免許センターが色々待つのは今日はじめて知ったところだ。  まだかな。何度目かに思ったその時、呼ばれてスクッと腰を上げた。  受付の前に並ぶこと少々、交付されたのは保険証くらいのサイズのカード。免許証だ。初めての運転免許だ。  あからさまに喜んで駆け寄るとカッコ悪いので余裕ぶってベンチに戻った。そこにいる瀬名さんにビシッと見せつける。ピッカピカの俺の免許。 「見て!」  周りに人も大勢いる中で大声を出すのはやっぱり恥ずかしいからめちゃくちゃ小声で言ったら笑われた。ゆったりと腰を上げたこの人。 「おめでとう」  カッコ悪かろうがなんだろうがニヤニヤしちゃうのは隠せなかった。  運転歴十年以上の瀬名さんにとっては免許証なんて見慣れたつまらない物だろうが、珍しくともなんともなくても瀬名さんは表情を緩めてくれる。甘やかされた俺は調子に乗って免許を落っことさないように気を付ける。  取り立てほやほやの新たな身分証は財布の中にしまい込んだ。  人がそれなりに多い免許センターを後にして向かったのは駐車場。ポカして初心者講習にでもならない限り、次にここへ来るのは三年後だ。 「ここまで長かったぁ。ようやく安心できた感じです」 「めでたいから今夜はホテル行くぞ」 「行きませんよ」 「レストランのバイキングでも?」 「行きますよ」  チクショウ、笑うな。いちいち俺で遊ぶな。 「石窯ピザが有名らしい」 「もしかしてそこまで計画の範囲内ですか?」 「だいぶ前に予約した」 「卒業延びたり本免落ちたりとかそういうのほんと考えなかったの?」 「俺の遥希ならやれる」 「何を根拠に」 「実際やれたろ」 「やれたけど」  だいぶプレッシャーかけられていたからな。  これといって優秀でもないガキをよくもまあここまで信頼できる。こういう人だから仕事でもなんでも順調にいくのかもしれない。こんな大人が上司だったら働く熱意ってヤツも湧きそう。  部下にも信用されそうな男が借りた車の助手席に乗り込む。  人混みの中で落っことす心配がなくなったので薄っぺらい財布を取りだし、パカッと開いた。しまったばかりの免許証をちょっとだけ引っ張り出してみる。 「帰ったら黒崎くんに見せびらかそう」 「黒崎くんはもう取ったんだろ?」 「俺だって見せびらかされたんだから見せびらかし返してやります」 「免許取れて嬉しいのは分かった」  黒崎くんは卒業した次の日に本免を受けに行ったそうだ。瀬名さんのご実家にいるときに連絡が来て報告された。  周りのダチがみんな持っているのに自分だけ持っていない状況を味わったのは俺も黒崎くんも同じ。都会生まれ都会育ちの奴だと持っていない率もまあまあ高いが、高校時代に地元の教習所を卒業済みだった奴も多い。  早生まれってこれだから嫌だ。ちなみに黒崎くんは三月生まれだ。誕生月までお隣だった。
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