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隣では瀬名さんがエンジンをかけていた。シートベルトを手に取るその動作をなんとはなしに横から眺める。
運転中の男が好きな女子は結構な割合でいるらしいが、気持ちは分からないでもない。
これなら確かに見ていたいかも。ちょっとした動作ですらもことごとく様になっている。
「運転するか?」
パッとその目が俺に向き、慌ててフルフル首を横に振った。
「しないです。ていうかダメでしょ。瀬名さんが借りた車なんだから」
「ならお前の車を買いに行こう」
「は?」
「本免突破のお祝いだ」
「はい?」
「好きなメーカーあるか」
「あんたの真顔がそろそろ本格的に怖いんですよ」
何を当然のように買おうとしてんだ。お祝いにも限度ってもんがあるだろ。
好きなメーカーは特にないけどうっかり適当に言ってしまったら即刻ディーラーに連れていかれる。
「免許取ったらまずは車が必要だ」
「瀬名さんだって車持ってないじゃないですか。だいたい車とマンションっていうのは不倫中の金持ちが不倫相手にプレゼントするやつです」
「昼ドラあるあるな」
「ドロドロですよ」
奥さんにはこの泥棒ネコッて言われる。花瓶の中の水とかもぶっかけられる。
こんなに上等な男だけれども幸いなことに未婚なので、俺は鬼みたいな顔をした奥さんから泥棒ネコなんて言われないし花瓶の水もぶっかけられない。ドロドロ昼ドラごっこをしようにもこの人の身辺はきわめてクリーンだ。
借りた本人がハンドルを握り、車はゆっくり走りだした。三日前からお世話になり続けているこのレンタカーとも今日でお別れ。
つい昨日までこの人の実家にいたんだと思うと変な気分だ。そういえばあそこの庭で目にした瀬名さんのお父さんの黒い車は、大人な感じで重厚感もあってかっこいい仕様のエクステリアだった。
「瀬名さんはなんで自分の車持たないの?」
「地元ならともかくここらで暮らすには車なんてなくても不便がない」
「ほら、やっぱ。俺だってそうですよ。同じとこ住んでんですから」
「取ったばっかりはたまに乗らねえとペーパードライバーまっしぐらだぞ」
「時々は練習するもん」
「なら助手席の教官役は俺に任せろ」
「もう卒業してるんですけど」
社会人になったら今みたいに時間は取れなくなるだろうから学生のうちに教習を受けただけであって確固たる目的があった訳じゃないが、それでも運転できなくなるのは嫌だ。免許があってちゃんと走れれば運転が必要なバイトも探せるし花屋バイトの配達も手伝える。
すでに優良ドライバーな瀬名さんはどこの道でも安全走行。
荒っぽさのない運転をするから助手席もやはり乗り心地抜群で、ゆったりとシートに凭れて流れていく風景を眺めた。
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