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この辺は小さな会社とか工場とか、学校や公園があるだけだ。
人工的な街路樹とは言え緑も列になって植わっている。反対に高層の建物はほぼない。
免許センターの立地なんてどこでも似たようなものだろうけど、ここも地方とそう変わりない見晴らし。しばらくは片側一車線の道路だ。
今でこそゴールド免許な瀬名さんもかつては地元のあの道で、運転の練習をしたのだろうか。
「自分が免許取った頃のことは覚えてます?」
「バカにすんな。ほんのちょっと前だ」
嘘つけよ。十五年も前だろ。
「高校の時に地元で取ったんですよね?」
「ああ」
「どうやって練習しました?」
「レンタカーで」
「わざわざ? 実家にいたのに?」
「親父の借りようとしたら全力で拒否られたんだよ。男にとって車ってのは恋人と同等の存在だからたとえ息子でも貸せるわけがねえと」
「車が好きなんですか?」
「妻の次にな」
あのお父さんだったら自分のための無茶な買い物はしないだろう。趣味の車に費やすよりも奥さんにあれこれ貢ぎそう。
「免許取ったあとはすんなり乗れました?」
「地元ではな。なんもねえ一本道も多いから」
「こっちでは?」
「首都高で人生終わるかと思った」
「あなたにも怖いものはあるんですね」
「俺をなんだと思ってんだ」
あまり一般的じゃない人であっても人並みの恐怖心はあるようだ。瀬名さんが恐れるものは陽子さんとカマドウマだけなのかとばかり。
初心者でも簡単に走れそうなこの道はゴチャゴチャしていない。直角の人工物ばかりじゃないから入ってくる風景は目にも優しい。
かすかに姿勢をだらけさせ、凭れていたシートにミシッと沈み込む。疲れたって程ではないけど色々と濃厚な日々だった。
教習が終わって瀬名さんの実家に行って猫と遊んでご両親と鉢合わせ、免許センターに来て免許を取得したこの三週間。かなり濃い。にゃんことご両親の辺りが特に。
チラリとだけこちらに視線を向けた瀬名さんは小さく笑った。
濃い目の日々の余韻が微妙に抜けきっていないのだって、この人にはどうせバレている。そしていつも通り俺を甘やかす。
「このあとどっか行きたいとこあるか?」
「石窯ピザ」
「レストランは逃げねえよ」
「パンケーキでもいいです」
「晩飯バイキングだぞ」
「じゃあモルモットと遊びたい」
「モルモット? モルモット……モルモットカフェか。分かった」
あるんだ。すげえな。適当に言っただけなのに。
瀬名さんはカーナビよりも万能だ。モルモットと遊べるカフェを目指して車は真っ直ぐスイスイ走った。
どんなに運転に慣れたとしても、俺がこのレベルに到達するには百五十年くらいかかりそう。
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