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この男はしばしばタイヤにじゃれつくパンダみたいなことになる。
理想的ボディのパンダと耐久性に難のあるタイヤがデカいアヒルのお色気シーンをまじまじと視聴。さぞかし異様だろう。
半袖のシャツから伸びるしっかりとした逞しい腕は腹の前にミシッと回されていた。
「重い」
「ん」
「んじゃなくて」
「ガーくん可愛いよな」
「知ってます」
「この池もいい」
「いつでも好きな時に綺麗な水浴びられるようにじいちゃんが作ったやつですからね」
グワグワ言いながらケツを振りまくってその庭池から上がってくる。そしてさらにグワグワ言いながら庭のお散歩コースをペタペタし出した。
そこで終了したガーくん動画をキキココの動画と一緒に瀬名さんに送り付け、スマホをテーブルの上に置いてもこの人は俺を放さない。
パンダだと思うと全然可愛くないけどただの男前だと思えば不思議と可愛い。これぞイケメンの特権だ。
首筋には唇の感触がこすれた。瀬名さんの整った顔面は徐々に俺の肩に埋まっていく。
仕事を頑張ってきたサラリーマンの屈強な腕をポンポンと撫で、そうするとまたギュッと抱きついてきた。かわいい。なんて思っていることは、本人には聞かせられないが。
「……あ。そうだ瀬名さん」
「うん?」
「言っておいてってマユちゃんさんから言われたんですけどね」
「無理にその呼び方もしなくていいからな」
「マユちゃんって呼んでって言わて分かりましたって言っちゃったんだもん」
「……まあいい。どうした」
「そろそろ温泉飽きてきたそうです」
「あぁ?」
「次はなんかもっとアクティブな体験したいんだとか」
「…………」
そこで瀬名さんはのそっと顔を上げた。
しょうもない計画のために実家からご両親を遠ざけたやがったクズ野郎かと思っていたら、瀬名さんは毎年欠かさず旅行のプレゼントをしていたようだ。瀬名さんのお母さんとお父さんから聞いた話だから間違いない。
露天風呂付きの温泉宿に泊まりたいと言い出したのはお母さんだったそうで、去年とその前の年も温泉。さらにその前には近場の海外。
ご両親がリクエストを出すと、それに合わせていくつかの候補を見繕ってくるのがこの人だ。
「まったく……。三年で飽きたか」
「雄大な自然を肌身で感じたいそうですよ。登山とかにも興味あるって」
「そうかよ。分かったって言っといてくれ。初心者二人じゃさすがに怖ぇからまずはツアーな」
「それは自分で伝えて」
俺だって日に何度もやり取りしている訳じゃない。
「でもやっぱ孝行ですよね。毎年でしょう?」
「金品だけ寄越してくんのは可愛げがねえんだとよ」
「マユちゃんさんにそう言われたの?」
「言われた」
「もっと帰ってこいって意味じゃないんですか?」
「自分の部屋もない家に?」
「それもお母さんに直接言ってよ」
瀬名さんはまたポフッと顔を伏せた。ん、っと気のない小さな返事が。
帰る頻度は変わりそうにないが俺は伝えたからな。知らないからな。
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